雨の日に 暖かい雨なんて、そんなものは存在しないのだけれど、それはそれで不快そうで、でも冷たい雨に震えるのも勘弁してほしい。よほどの日照りか水不足、はたま た農業経営者でもない限り、雨なんてものに恩恵を感じることもない。学生なんて社会身分であれば、雨なんて、ただただ迷惑なだけである。チャリにゃあ乗れ んし、公共機関も大混雑。湿度によって不快指数は引き上げられて、ただただ雨は嫌いだな。某銀河鉄道の関係者の人も言っていた。雨が好きだなんて奴は、濡 れて寒さに震える心配のない人だって。 まあ飽食爛熟現代社会、雨を好きになれる人も大勢いるわけだが、俺はというともちろん嫌いだ。まあ潤いの ない世界ってのがあったらそんな世界はごめんだし、雨あがりに空気が洗われてクリアーに見える世界なんてものは嫌いじゃないし、どこかに虹が出てないかと 探すこともしばしばだ。 しかし良いところもあれば悪いところもあるもので、こうも全身くまなく濡鼠になるとお天道様を恨まずにはいられないって もんだ。学校に着いても上履きを濡れた靴下のままつっかけるわけもなく。とりあえず靴下は脱いで乾かしとこう。……素足にゴムの感触はあんまり良いもの じゃあない。 濡れたズボンも脱ぎたいけれど、そこまでやるとあれなんで、ちょっとがんばってみる。ふと横を見れば、見知らぬ誰かは恥じらいを捨てたらしく下を履いていなかった。……ジャージを忘れたのは失敗だな。一番の失敗は雨具を忘れたことだが。 服が乾くにつれて熱を奪われる。曇り空も手伝って七月だというのにかなり寒い。……全く雨って日は嫌になる。 お昼になっても服は湿り気を帯びたままで、不快指数は依然高い数値をキープ。雨風が強くてベランダでご飯という案は当然選択肢外。かといって人口密度の高い教室内で飯を食うのもおもしろくない。そうなれば俺の足は自然と、人気が少ないであろう特別棟に向くってわけだ。 雨と結露で殺人的に滑る廊下を、あえて滑りながら移動してみる。頭の中では今まで見たこともない美少女とぶつかってムハハな展開になんないかな~、と思い描きながら危険行為を続けてみる。と。……ぶつかった。美少女と。 「んなに考えてんだかな~ 危ないんだな~」 と言いながら頭をがっちりホールドするのはマチだ。ちなみにより細かく状況を説明するならば、俺はぶつかる寸前まで廊下を軽快に滑っていた。当たり前の話 だけれども、ぶつからなきゃあ滑っていられるわけだ。階段を上っていたところ、危機を察知して踊り場に身を置くマチ。後ろにいた連れにもとりあえず前に出 ないように制止したんだと。 危険に対して身を構えるのは全然悪いことではないと思う。ところがマチは体当たりをぶちかましてきやがった。もちろん 意図的に。判定クリティカルでそのまま床に後頭部を打ち付けそうになった俺をぎりぎりのところで掴んでくれた。掴み方はといえば、頭に五指が食い込むよう にきつく激しく。そうして今、俺はなんとも屈辱的な姿勢でいるわけだ。 あとで聞いたら、無性に腹が立つ邪まな気が近づいてくるので、やられるく らいならと思いやっちゃったとのことだ。邪まって、思春期のオトコノコはみんな邪悪オーラを出してますよ。それともオレのは一際凶悪ですか? ときいた ら、うん醜悪~、と言われた。ちなみにこのやり取りも捕まれたままだったのでちょっと腰が痛かった。 まあそれもそれで屈辱的なのだが、マチの後ろにいた先輩が爆笑をこらえているのがむかついた。 「いや~ ビクーリしたアルよ。いきなりマチが弁当持ってろって言うアルからネ。……まあ、どっちにしろ廊下を走るのはいけないんじゃよ? それとも滑るのってセーフ?」 話題の人は三段重ねの弁当と格闘中。……女の子で文化部所属なのに、その底なしなストマックは何故! ちなみに三人で弁当広げている場所はマチ所属の研究部。この雨のせいでいっぱいいっぱいな教室から部室に避難してきたというわけ。ちなみに研究部、ナニを 研究するか明記しないところがポイントだ。帰宅部っていうのも内申書的にどうかと思った連中、そんな幽霊が多く存在する文化部一の大所帯を誇るのが研究部 である。潤沢な資金とマッドな才能が売りなんだとか。ちなみに俺と先輩は帰宅部所属。先輩は入らなくても大丈夫ってのが理由で、俺は面倒くさいってだけ。 理由はひどく違う。 「先輩、なんで口調がエセ中国弁なんですか。しかも後半で諦めるって、諦めるの早すぎません?」 「いやだって訛りながら語尾にアルつけるって尋常じゃないって。めんどくさくってやってらんねえって」 「きっと今日のお弁当の中身が海老チリで中華だからなんていう詰まんない理由でしょうよ~ 詰まってないのは心だけで十分」 マチ、詰まってないんだ心。まあ詰めてやる気もしないのでどうでも良いが。胃袋も同様に詰めてやる気がないので、人のエビフライをとっていくんじゃありません。 |