無計画に



 我が校の生徒御用達、学割における割引率なんと驚き五割でナンバーワン、伍道屋のラーメンが食いたくなった。特に理由なんてなく、ただ食べたくなったのだ。放置自転車をかっ飛ばして暖簾をくぐるとすでに幽霊がいた。
「うわっ、幽霊来るの早いな。いったいどうやってきたのか気になるけれども、今日の部活は?」
 いつもの! とおやっさんに注文を告げてカウンター、幽霊の隣に腰を下ろす。
「ん、今日は流れが良くないからな、行かないことにした」
「流れ、ねえ。良くわからんけど、部活に出ないんならこれから暇なわけだ」
 箸入れの箱がいつもどおりぺとつく。うまく割れなかった割り箸をなめしながら時計に目を向ける。ホームルームが始まるまであと十二分。おやっさんが何も言わないのはいつものことだから。
「まあ、そうだな、特に予定もないので誘ってくれるとありがたい」
「そうだな~。俺もこれからの予定を考えてたわけじゃあないからな、別にやりたいことがあるわけじゃあないんだよな」
 ついっと終わった日にぺけの付いたカレンダーへ視線を向ける幽霊。つられて俺もカレンダーを見る。ここのカレンダーを見ると昨日という日は終わってしまったことなんだよなって妙に実感してしまうのだ。
  カレンダーがきっかけだったのか何だか知らないが、そのままぽけ~っと今日のことを思い起こす。別に掃除中のプールから未確認飛行物体が飛び出したりなん てことはなくて、印象深いことは何も起こっていない。残念ながら授業内容にも同じことが言える。授業中に連続密室殺人事件は起きたことがない。まったく もっていつも通り。
 幽霊に話すネタもないので思考は浅いところを駆け回る。そのまま呆けているとおやっさんが目の前にどんぶりを置いた。それを合図に思考はどんぶりの中、湯気を立てるラーメンに集中する。
  レンゲを装備し麺をスープから引き上げる。麺から湯気が立ちあがり、いつものことながらラーメンの匂いが俺の食欲を刺激しまくり。いざ! 握る部分がいび つな割りばしで黙って麺をすすろうとすると、ちわーと耳になじんだ声。振りかえらなくてもわかる。珍しいことに十字架がやってきた。
「ちわー! おっちゃん元気? いつものパパっとささっとモリモリよろしく」
 俺らのいつものといえば価格破壊な学生セットだが、十字架の場合は鬼とんこつラーメンで、さらにトッピングをつけたりする。ああ、なんともブルジョワジー。最近トッピングでコーンを注文しないのは俺なんかが横から奪っていくかららしい。
「どうしたんよ? お前が来るなんて珍しいじゃん」
「いやあ、幽霊探してたんだけどさ、ホームルーム始まる前に二人とも姿を消してるもんだから、ほんのり少しちょっぴり探しちゃったよ」
 時計を見ればホームルームが終わる時間まではあと五分ある。まあ気にしない。きっと先生が気にしてくれるから、俺らは気にせずにラーメンをすすっていればいいと思う。
「探してたって、俺に何か用か?」
「いや、全然まったく何にも用事はないんだけれども、まあ探してみた。探したくなったんでただ単純に理由なく無意味に探してみただけ」
  面白いことや怪奇事件を期待していたが、そうではないようでちょっと落胆しながらスープをすする。昔ネギが変なところに入って苦しんだことがあるが、そん なことはそうそうない。そしてそんなことじゃあニュースにもならない。十字架は幽霊の隣に座り、うまく割れなかった割り箸をなめしている。よほど横に力を 入れたのか、端っこは分かれていなかった。
「二人ともこれから何か面白くて愉快で楽しくなっちゃう予定とかある?」
「予定はないので誘ってくれるとありがたい」「左におなじ」
 今日のことなんて、ここ伍道屋に来ることくらいしか考えていなかった。誰もいなくて何もなければそのまま帰っても良かったけれども、こうして幽霊と十字架がそろったのだから、何かしてもいいかなと思う。その何かってのが思いつかないわけなんだが。
「ぅえ? まったく全然何にも考えてなかったの? こんなに学校のカリキュラムを無視しまくってて、店には準備中の札が下がってて、開店前な時間にラーメンすすっているのに?」
  その発言からするに十字架も面白い計画の持ち合わせはなかったようだ。こんなに早くから校外に飛び出していれば、何かしら考えがありそうなものだが、俺も 幽霊もこれが見事に何もないのだ。まあそんなことはホームルームが終わる前にここにたどり着いた十字架にも言えることだが。みんな揃って今日は他人任せの ようだ。
「とりあえずだ、ひとつ明確な案がある」
 幽霊がどんぶりを抱えたまま言う。
「のびる」
 三杯のどんぶりが空になっても面白いことは思いつかなくて、結局駄弁りながら帰るだけになってしまった。まあこんな風に何もないこともある。