燃え立つ



 夏も夏、季節は真夏のど真ん中。そんな日の昼日中なんてのは、そりゃもう太陽は元気過ぎて熱いのである。
 高原や山奥なんて高いところは涼しげなイメージがあるが、屋上のような高い場所にはそんなイメージは皆無で、山のほうが太陽の位置に近いのは言うまでもないことだが、屋上はきっと太陽に近い場所にあるのだから暑く感じるのだと錯覚させる。
 そんな夏の時期に、屋上にいるキャラクターといえば、どんなに暑いところでも汗一つかかずにクールに過ごしてそうなイメージがある。だがしかしそこはキャラクターの話で、生身の人間がこんなところにいれば汗だくになるものである。
 太陽は少しばかり傾いだけれども暑さのピークは今。
 そんなわけでラモーテは汗だくだった。
 暑さにやられたのか、ラモーテはしゃがみこんでぐったりとしていた。屋上へ続くドアが開いた音に顔をあげる。少しでも太陽が目に入るのが癪だとでも言わんばかりに険しい顔になった。
 すぐ近く、それも目の前に立つ。まだまだ影は短いが、それでも太陽に目を焼かれずにすんだので顔からは険がとれた。人影に涼を求めても無駄だというのに。
「こんなとこで暑さで死んでもかっこ悪いだけですよ。見つかんなかったらミイラになるかもしれませんけど、即身仏とは別ですからね」
 口を開けたことで顎先を伝う汗を腕でぬぐう。腕を見れば日差しを直接受けたことで、小さな水滴が生まれ始めていた。黒い髪が熱量をあげていく。
 こちらよりもさらに長い髪を揺らしながらラモーテが口を開く。さっきまで屋内にいたこっちと比べるべくもない熱量を抱えているのだろう。
「これからの時代はやっぱり焼身自殺よね。昔、歴史の授業で抗議のために自身に火を付けた僧侶の写真を見たけれど、すごく感銘を受けたわ。自分の思いを猛炎で代弁する、それって素晴らしいことだと思うのよ」
 自分が死ぬ話だというのに、ラモーテの顔からは夏の暑さにやられていた時以上の生気を感じる。ずっと自殺をプランニングしていればこの炎天下の中でも元気にやっていけそうな気もするが、それは気のせいだろう。
「人 間一人を綺麗に燃やしつくすのって難しいんですよ。無理ですよ無理、自殺向きではありませんよ。しかもそれって自殺なんですかね。自分の死でもって何かを 伝えるってことは、ある種の抗議の一環なんじゃないんですか。それはもう純粋に自殺とは言えないんじゃないですか?」
「とりあえずは自分で自分の命をどうこうするのだから、自殺でいいのじゃないかしら」
 たしかに自ら命を絶つことには変わりないが、そんなことを言っては誰かに自殺を強要されることもラモーテは自殺と割り切ってしまうのだろうか。
「自分の命を断てと他人から強制されても、実際に自分でそれをなしたのならそれは自殺よ。どれだけそこにドラマを見いだせるか、興味はそこだけね。理由があるのなら今からでもガソリンを被って差し上げるわよ」
 予想はしていたけれども欲しがってはいない答えが返ってきたので、夏の暑さに合わせてげんなりしてやった。
 夏の暑さで口撃の切れが悪いということにしておこう。汗が目じりを流れる。
「とりあえず下行きましょうよ。暑すぎますって。屋上のコンクリって輻射熱半端無さ過ぎますって! なんでこんなとこいるんですか、脱水症状で死にますよ! ……ってもしかして、本気でそれがねらいですか? ダサいだけですよ」
「屋上で謎の変死ってなかなかにミステリっぽくないかしら?」
「どっからどう見ても熱中症ですよ。事件性は零で間抜けなだけです。それにラモーテは他殺に見せかけた自殺じゃないと信念が揺らぐでしょう」
「それもそうね、涼しいところの方が名探偵も頭をひねる妙案も浮かぶかもしれませんし、ここにいても得るものはなさそうですし、校舎に戻りましょうか」
 そういって立ち上がるラモーテだったが、高いところまで血が上らないようで汗だくの顔がさらに色を悪くした。
 倒れこむラモーテ。少し翳のある美少女が倒れこんできたわけだが、どれだけの時間屋上にいたのだろうか、その時間の長さを思わせるだけの汗が流れており、ようするにラモーテは汗だくだった。
 薄いながらも服は汗を吸いこんで、当然下着までもびっしょりなのだろう。
 そんなわけで、倒れこんできたラモーテを抱きかかえて、素直に「うわっ、気持ちわるっ!」と言ってしまった。
 ラモーテのぼそりと言った「やはり、美しくないかしら」という言葉には頷きを返した。