ニュース



 先輩の家にあがりこんでテレビを見ていると、ニュースでは相も変わらず悲惨な事件事故が流れている。
 世界中には多くの人がいるのだから、探せば毎日一つ以上の不幸は見つかるのだろう。
 誰もがハッピーになれる事件が新聞の一面を飾る日は来るのだろうか。まあ先輩は新聞取ってないんだけど。
 世界には不幸が蔓延しているんだと、声高にニュースキャスターは伝えていた。もちろんそんなヒステリックなキャスターなんているわけないんだけれども、無感情にしゃべられるのも気味が悪い。まるで他人事ですから他人事でいましょうと伝えるようで気味が悪くなる。
「よし、先輩、旅行に行きましょう。デートしましょうデート」
「え、どこ? 素晴らしいプランを述べてみるがよいぞよ 」
「そうですね、財布を家に置いた状態でウインドウショッピングっていうのもいいんですけど、日帰りで温泉とかどうです? 何なら一泊二泊、三泊四泊とか?」
「デートって言った割には渋いチョイスじゃん。後半のセリフさえなければ十分な賛同の意を得られたかもしれないんだぜ」
 先輩は座っているのに飽きたのか、それとも服従の姿勢を表しているのか、仰向けに寝転がった。賛同の意は出てこなかったのでただ座っているのに飽きたんだろう。
 そのまま仰け反るようにしてテレビを観賞。疲れないんだろうかと不思議に思っていると、目にテレビの光を反射させて先輩は聞いてきた。
「てかなんで? 今まさにバスで大惨事なニュース流れてるのに、なんでそんなこと言いだすのかな!?」
 テレビの向こうでは温泉宿を結ぶ道が、ここ最近の雨でゆるくなっていたとのこと。他にも一部の道に地滑りの危険だとか。救助隊の方々は二次災害に十分に注意してほしいものだ。
「えーと、まあ、テレビ見てての思いつき?」
 嘘をついてみた。
「最悪の類の思いつきだよね。深海探査艇が限界深度で圧壊したら水底をスキューバで、スペースシャトルが爆散したのを見て月に行こうとか言いだすんだろうな」
「行けるもんなら行きたいですよ! さすがにそれは手段として無理なんですから素直に悲劇に胸を痛めますよ」
 ニュースは変わり、次の悲劇をお茶の間に提供する。ほのぼのとした地域密着のニュースが流れるにはもう少し時間が必要。
「まあやっぱり学校を何日も休むわけにはいきませんから日帰りですかね。今の季節なら空いてると思いますし、火曜辺りにでもどうですか?」
「行くのって平日かよ! おれっち一応受験生!」
「息抜きでそこは一つ押し通しましょう。そして古き良き伝統を重んじてがっつり混浴にしましょう」
「撤回撤回。枯れてもなければ渋くもなし、いやー若いね。そだ、縄につかまったまま入る秘湯があるんだけれども、そこならいいかもね」
「一つの縄に絡まる二人だなんて、先輩は大胆ですね」
「カンダタにはなりたくないから、そこは別の縄をチョイスしてくれ。ついでにお釈迦様に切り離すようにって頼んでくるから」
 番組は変わって、軌道エレベーターの特集が科学のコーナーで語られていたが、お釈迦様はうっかり切る糸を間違えてしまわないようにしなければ。あとは小指をつなぐ赤い糸とかも。もちろんお釈迦様のことを、糸を見れば切って回るような方だとは思っていない。
「そうですね、先輩のことを考えると、どこかの連休の初日あたりがいいんでしょうね。まあ人が多くて温泉でいちゃつけなさそうですが、そこは我慢しましょう。衆人環視の中というのもいいかもしれませんし」
「却下、却下。どこの温泉にする気か知らないけれど、じっちゃんばっちゃんが大半だって。枯れて静養に来ている方々のいる中での破廉恥行為は禁止」
「なるほど、体力があり余って過ちを犯しそうな若者の中がいいと」
「そろそろ肉体言語の出番?」
 先輩は服従のポーズから佇まいを直している。カポエイラの使い手や某有名プロレスラーでもなければあの姿勢から技を繰り出すことはできないのだろう。つまり臨戦体制。茶化すのもほどほどにしておこう。
「でもどうして温泉にこだわってんの? デートなら他にも色々候補があるわけじゃん。まさか本当にニュースがきっかけってわけじゃないんでしょ。切りだすきっかけだったかも知んないけどさ」
「よくぞ聞いてくれました! えーと……」
 先輩は黙って先を促してくれる。
「……あれ? ちゃんとオチはあったんですけれども、あれ? 何だったかな?」
「駄目じゃん」
 そう言いながら、先輩はマガジンラックから温泉企画が盛りだくさんの雑誌を引き抜いた。