月光の暈



「わ」
 少し重い風になぶられながら、夜道を歩く。足取りは風とどちらが軽いかわからない。
 大きな通りからは外れた道。そのため、騒音を放ちながら、暗闇から何事かを浮かび上がらせる二つの光を照射するカタマリは滅多に来ない。少なくともこの道に入ってからはまだ見ていない。だから道をぼかしたままにするのは月の光の役目。
「わ?」
 隣を歩いていた十字架が声を出した。小さく一言。簡単や驚きともとれる一文字の音。
「うん、わ」
 十字架の指は言葉の向こうを指す。その先は前でも後ろでもなくて、高く高く空を指していた。夜空にある月。雲の数は少なく、また薄い。今流れている雲は、流れる向きから考えて月にかかることはないだろう。
 照射する光は一つ、エンジン音は聞こえないそれは、今夜も太陽の光を跳ね返している。
「円で丸くて輪っかな月の暈」
 指される月自体は真円ではなくて、これから猛烈なダイエットをし始めるところ。十六夜よりは欠けている。満月から一日違いというのは同じなのに、十四日目の月のことを何て呼ぶのかは知らない。
 空にあるのは小学生のころ、教科書で初めて名前を教えられた夜空に浮かぶ白いわっか。
「何だっけ。綺麗なもんだけど、確か雨の予報の一つだよな。空気中の水分がなんとかかんとかで」
「ん、今日はじっとりぺたぺた重めの空気。明日は雨かな、濡れたくないから学校に着いてからなら、ゲリラでバケツをひっくり返して神様を泣かせた感じに降ってもゆるしてあげる」
「そう都合よく行くもんかね。今降ってないからましだけどさ」
 雲はちらほら見えるけれども、雨を落とすようなものは見えない。だけれどもそれも今の話、いつ降るかわからないのでさっさと帰った方がよさそうだ。
「でさ、わ。わっか。月の見立て。確かに美味しく美味く美味に食べれそう」
「見立て?」
「月見バーガー、月見うどん、月見そばに、形勢を見てばかりの月見主義者に」
「ああ、卵ね。持っててもぶつけんなよ」
「持ってないし、ぶつけないってば。それよりも終わりの締めで最後の言葉にツッコミは?」
「ハードルが高そうなので日和ってみました」
 よろしいという十字架の声はそこそこ満足していた。
「あー、月の満ち欠けで、食べるっって言う発想なんだろうけれども、確かに、こうなると月の一部でより卵らしさはあるな」
 暈が白身を演出すれば天空にある大きな卵。困ったことに殻には包まれてはおらず、割れてしまわないことを祈るだけ。殻があったらそれはそれで困りものか。土星や木星の輪に思いを馳せてもいいかもしれない。水よりは硬いことだろう。
「なにが生まれるんだと思う」
「まさかの有精卵か! 平平凡凡、ありきたりにポピュラーな答えを返せば地球かな」
「それってありきたりかな?」
「そうじゃね? 生まれるってなるとちょっと違う気もしてくるけど、月をもう一つの地球ってする話は多いと思うけれどな。実際、月って地球の一部らしいしな。片や命溢れる星、片や命無い星か」
「それだと無精卵になっちゃうって」
「月から何か命が生まれるとは、十字架さんはそうだなスケール観をお持ちで」
「ふざけて不真面目に茶化さなくていいって。でもそれなら地球の親で月を生んだのは誰になるわけ?」
「んあー、ちょっと待てよ。考える」
 まさかのツッコミにしばし脳みその回転数を足より上げる。風でも吹けばいい考えが浮かぶかもしれないが、湿度を含んだ風は来なかった。雨も来なかったので、脳みその温度は上がるばかり。歩いて風を切ってみる。
「あー、太陽と宇宙ってとこだよな。んー、もうちょっとこう、面白い答えがひり出せないもんかね」
「いやいや、確かに変なこと聞いてるけれども、そんなに求めてないってば。帰り道のお話にふつうに平々凡々でありきたりな会話がしたいだけだってば」
「その割には突飛だってば」
 そっかなーといいながら十字架は上を見上げて、危なっかしい足取りで歩く。
 暈は変わらず空にかかったまま。明日の天気予報を調べようかとも思ったが、わかったからと言って何ができるわけでもない。傘を持つくらいのことは俺も十字架も考えること。
 だから十字架にも月から何が生まれてくるのか聞こうと思ったがやめた。理由はきっと明日の傘と同じ。
 別の雲が月を覆い隠した。雲を含んで暈の輪は変わらずそこにある。
 街灯を見ればそこに傘を見ることはできない。だから夜の雨で虹が見れるのだろうかということを考えるのだ。そこに精の有無は見いだせないけれど。