酔ってて



  桜の花が万有引力の力に導かれ落ちてゆく。減った街灯に照らし出され、その光景はなんとも幻想的で、酔った頭のハイテンションに拍車がかかる。ふと御送り 中の先輩を見ると、ぼろぼろとみっともなく涙全開。これには打って変って、さすがに酔いもちょっとは醒めるってものだ。他人の酔ってる姿って見ると醒めな い? まあ人それぞれだろうけど。あうあうあう、と呂律が回っていないのか言葉にならなかっただけなのか、先輩は立ち止まって桜を見続けている。
 とりあえず脇の公園に入って休ませることに。ベンチに腰掛けたときにはあ゛~と本気泣きだった。酒でも入んないと泣くなんてことも出来ないくらいには大人なんだろうなと考えてみる。
  人間何するのにも力がいるもので、その中でも泣くなんて事は大いに力を使うのだろう、先輩は十数分も経つとアルコールも手助けしたのか寝てしまった。俺の 胸の中で。ちょっとこれっておいしいんじゃないかなと思うけれども、シャツの現状を見ると素直に喜ぶことも出来ない。まして相手は酔っ払い、いきなり胃の 腑の中身がリバースなんてことも十分にある。
 戦々恐々としながらも、歩道の照らされた三分散りの桜を見ると落ち着いてきた。アルコールのせいで状況判断があいまいなせいかもしれないが。そんなことを考えてみても酔った人間には無駄無理無用と言うものだろう。思考放棄。先輩の寝息はいつしか気にならなくなった。
宴会を解散したのが三時を回っていたので、今、空が紫になったところを見ると、俺らはここで二時間以上ぼけっとしていたということなのだろう。考えたくはないのだが、もしかすると俺も意識が飛んでいたのかもしれない。
 酒精による眠りは浅いのか、先輩がもぞもぞと身じろぐ。風邪を引いていないといいな~ やっぱり無理して帰らずに、泊まっていくべきだったかと今さら考える。今頃宴会場は泥酔者による地獄絵図と化しているだろうから、そんなところに寝かせておくのは、……ねえ。
 ふいっと先輩の顔色を確かめると、ばっちり目が合った。起きたんなら起きたって言うとか、何らかのアクションをとってくださいよ。無言で見つめられてたって思うと恥ずいじゃないですか!
「ぅあ~ぅ~、ごめん。迷惑かけた?」
「そこはばっちり疑問系じゃなくてかまいませんよ。起きたんなら嬉し恥ずかし密着状態をちょっとどうにかしてくだせい」
 ちょっぴり湿って生暖かいシャツを揺らして服の間に朝の空気を送り込む。そんなことくらいじゃ心拍数は元には戻らないけれども、やらないよりかはましかと。先輩は膝から降り、背の低い蛇口へ小走りに向かった。
  手を止めて桜を見やる。街灯にライトアップされていたころに比べて、なんだかちゃちくね? まあ、桜のほかにも視界に入るものが増えたからだろう。そうな れば意識に占める割合が減ってしまう。闇に浮かぶものはただひとつ、そうなれば誰もがひきつけられる。じゃあ俺はどうだろうか、俺は誰かに見てもらってい るのだろうか?
「ぁ~ま、迷惑かけてごめん。ほい報酬」
 いつ行ったのか、コーラの缶を二つ左手に挟んで先輩が帰ってきた。
「先輩、今きっと俺も酔ってるんですよ。普段ならこんなこと言わないし、本音さらけ出すのってカッコ悪いって思ってる口ですし」
 プルタブを二度叩いて開ける。炭酸の音が一拍遅れて聞こえたような気がした。
「結 構あれですよ、迷惑かけられるのってそんなに嫌いじゃないんですよ。迷惑をかけられる相手って、心のどっかで許してもらえるとか、頼れるって思ってるわけ じゃないですか。それって、まあ時と場合にもよりますけど、嬉しいんですよ。だから気にしなくて良いですよ、いつもみたく困らせてくれて構いませんから」
「迷惑は信頼の証って言いたいわけ? でもその迷惑はテメエだけのものだよ? 君が迷惑に思っているだけで、こっちには迷惑をかける気はないのかも知れないし、迷惑をかけていることに気付けないことなんてのもよくあることだぜ? だぜいぜい」
 コーラに口をつける。鮮烈な炭酸がアルコールで焼けたのどを刺激する。むせた。
「あ~あ~、なにやってんだか。おれっちに迷惑かけてもおんなじ意見は出てこないかもよ?」
「いやいや、単純にむせました。それに、そこまであざとくないですって、なんにせよ秘するが華でしょう?」
 涙目を隠せないまま、口元に立てた人差し指を持ってくる。先輩は一気にコーラを飲み干した。
「多少の迷惑を許してやることが大切だとおもってるわけだ。おれっちに迷惑かけてもらいたがってるってわけっしょ、なら存分に願いかなえてさしあげようぞ!」
 先輩はそういうとむかつく笑顔で両の手をこちらに差し伸べてきた。
「……なんすか? お金なら上げませんよ?」
 ビンタされた。最初に左を打ち当て顔を逸らせないようにしてとどめの右。
「おんぶ」
 酔いはだいぶ覚めていたので足はそこまでふらつかなかった。