くず人間



「あれだよ、自分以外の人間なんてみんなクズなんだってば」
  パックジュースに刺したストローから息を吹き込む先輩。吸い上げる時には立たない空気の音がこちらまで響いてくる。紙パックには息と、きっとほかの見えな い何かも吹きこまれて体を膨らませる。きっと見える何かが吹き込まれていても、それは紙が邪魔をして見ることはできない。ペットボトルならば透明だから見 えたのに。
「じゃあ俺もクズなんですかね」
 言ったセリフは息を吹き込む音なんかでは掻き消せなくて、せめても飛行機が飛べば消えただろうに。でもきっと聞こえていなくても先輩は何を言ったかわかるだろう。聞いてきたわけではないので誘導尋問ということはできないけれども、返ってくる言葉は予想につきやすいはず。
「そうだよ、わかってんじゃん。理解のあるクズは良いクズだよ。ま、理解がなくったってクズには変わりないんだけどね。良かろうが悪かろうがクズはクズ。良い人間も悪い人間も人間に違いはないもんね」
 うわー、なんかすげえ褒められた気がしねえ。
「良くっても悪くっても、クズには変わりないんですね。クズにだって良いところがあるかもしれませんよ」
「良いクズはリサイクルされるから資源であって、クズと言うにはいささか考えざるを得ないのだよ。つまりこの場で言ってるクズって言うのは資源にならないものってこと。何か良いところがあるんなら、クズじゃない別の称号を考えてやらんでもないぞ」
 先輩は中身を飲み干したようで、今度は押しつぶしたりして紙パックから音を絞り出している。息を吹き込んで膨らませて、紙パックの腹をリズムよく押す。飽きるまで繰り返し、口を離すと唾液が糸を引いた。
「あと良い人って言われてる人たちもみんなクズ。良い人を演じているんだから最悪だよね。良い人でいないと生きていけないんだからさ」
「でも良いことは良いことなんじゃないですか? 意識的にやる偽善が駄目なら、意識してないのならいいんですか?」
「そ んなんじゃないってば。まあそんなこと言うとしても、意識下にない悪が悪じゃないように、無意識の善は善じゃないよ。それは偶々とか偶然って言うんだよ。 良い人間も悪い人間も変わりなく人間であるように、良いクズも悪いクズもクズに変わりなくって、そんでもって人間はクズね。人間のクズなんてよく言うけれ どもクズ人間なわけなんだって。えーとなんだろ。人間がクズだな!人間=クズだ!」
「まあ詰まるところ、なんでもかんでもクズって言いたいんですよね。購買の自販機の紙パックジュースにアルコールなんて入ってるわけありませんし、なんか嫌いな人でもできました?」
「そんなことなんじゃなくて、他にも何かがあったような気がするけど何だったかな? 原因はとっくに忘れてると思う。というかそんな、最近好きな人できた? みたいな感じで嫌いな人間を尋ねるんじゃない」
 読心術はできないので両方とも答えはわからない。心が読めたとして、忘れてしまったことは一体どうなってしまうのだろうか。心からは消えてしまっても先輩のタブラ・ラサには痕跡が残っていれば読み取れるかもしれない。つまり結論は解からず仕舞いだ。
「あーそうそう、自分以外って言ったじゃん。おれっち以外じゃなくて、自分以外ね。おれっちはおれっちだけど、自分ってのは誰も彼もが自分なわけじゃん。だからそゆこと」
「何かややこしいことになってますよ、そのフォローになってんだかなってないんだか、そもそもする気あるんだかって言葉」
「わかってるに決まってるじゃん。でもこれで、自分以外の誰も彼もがクズってのも補強できるんだよね~」
 先輩は飲み干したパックジュースを折りたたむことはしないで無理やり丸める。糊付けされて硬くなった部分を持つ紙パックを丸めるには根性がいる。握力が人間の限界を超えていることはないので、ひどく不恰好に紙パックは丸められた。
「自分以外がクズなんだからゴミクズは出ちゃうし、おれっちはクズなんだから、クズからはクズが生まれるんだよ」
 丸めた紙パックを見て満足そうに先輩が言う。そんなことはないですよと言って欲しいのかなと思って顔をのぞいてみれば、せいせいしたと書いてあったので特に声をかけることはしない。
 埃を払い落して腰を上げる。休み時間はまだまだあるがさっさとお暇することにした。
 背中を向けて歩きだしたら、後頭部に丸められた紙パックが当たったので、代わりにゴミ箱へと捨てておいた。