御飯料理



 珍しいことに今日の裏方はお弁当箱で、しかもそれはコンビニやどこかのお弁当屋のものではなかった。中身を見ても出来合いのものはなく、総菜を詰め直したわけでもないらしい。簡単なものばかりとはいえ手作り。お母様の作品かと思ったので聞いてみたら自作という。
「うわー、食べる専門の人じゃなかったんだ。裏方もおかしくなっちゃったら料理なんかするんだ」
「まてまて、うわーって言うな。あとおかしくなってもないから、これには理由があるのだよ」
 箸をくるりと引っくり返して、額を細かく連打してくる裏方。どうやら意外に思われたことが癪に障ったらしい。意外に思うなという方が難しい話なのに。
「そんなこと言ったって、学校だと誰だって料理なんかしてるとこ見ないわけじゃん。だから意外に思うだけだって! 毎日料理してる姿見たらあんただってときめいて、毎日みそスープ作ってくれって懇願するようになるからさ」
「いや、それこそないわ。そうだなー、学校だとあんまりわかりにくいですけど、十字架はリッチでブルジョワでセレブリティなので、料理させるとありもしない金銭神経が痛むな。もうちょっとリーズナブルにしてくれれば、悲鳴上げなくて済むんだけどな」
「ああ、そうなんだ。同じ食材があったらとりあえず高い方って感じ?」
「そ ういうわけじゃなくて、高いけどおいしいものを知ってるって感じ。へー、おいしーって言った後に値段聞いて、気楽においしいって言わずに自分の中のありと あらゆる語彙を駆使して修飾しまくっておいしいて言えばよかったなって思うくらいかな。まあ、確かにお金掛けてるだけのこともあるのか、普通に料理がうま いのか、味はおいしいんだけどな」
 裏方もそうだが、十字架もあまり料理ができる奴には見えないので、そのおいしいと思う気持ちには意外性ってや つもくっついてるわけなんだが。そんなことを考えれば裏方の料理も味見してやろうと思うのだが、気配を察知したらしく裏方は弁当箱を隠した。けちけちしな いで裁定を受ければいいのに。
「そういえば先輩は? どんな感じ?」
「え、先輩? ……なんていうか、フツー? 可もなく不可もなく、平均偏差は50ですみたいな?」
「何とも判断に困るコメントしちゃって。あ、でも深読みすればフツーに思うくらいに餌付けされてるってこと?」
 言われればそんな気がしてこなくもないけれど、実際のところ餌付けされるほど食わせてもらっているわけではないので違うと信じたい。餌付けされるほど食わされるのもそれはそれでいい。
 裏方は何だって料理を気にしているのだろう。まず十字架を引き合いに出したのはこっちなんだけれどもさ。さすがに知り合い全員の料理スキルは知らないが、野郎代表を思い出したので紹介しておこう。
「雨戸はあるものを使って適当ながらも美味しいものを作るんだよな。ドキッ☆男だらけの夜食が欲しい時に横にいて欲しい人ランキング!! があったら間違いなく上位に入りますね」
「まあそんなこと言ってて、あんたはダメダメなんだろうけどね。料理とかするの?」
「おいしいご飯を作るスキルが必要ないのは、おいしいご飯を食べさせてくれるくらい愛してくれる人がいて、愛されてるからじゃないか。料理なんかできるようになって、ご飯作ってもらえなくなったらどうするんだ!」
「むしろ料理できるのに、それでもご飯作ってもらえる方が愛を実感できるんじゃないかな。ほらたとえ自分の作る料理がおいしくないのだとしても食べてもらいたいって思ってもらえるのって素敵なことじゃない」
「でもそれには料理ができる男にならないとダメなんで難しいな」
「あ、やっぱできないんだ。だから料理できるようになろうとか思わないの?」
「まあ今のところは、それほど必要に駆られてもいないし。簡単なものならできるから、余計にそんなに努力しようとは思わないんだよな」
「まあ必要としていないんなら、それでもいいんだけどさ。でも、それだとあんたは誰かのためにおいしいご飯を作れないひとなんだよね」
 裏方も食べ終わったらしく、箸箱の閉じる音。音を立ててパックの中身を飲み干し、そのまま折りたたむ。平均的なサイズの弁当箱を可愛いハンカチで包み、裏方は背伸びする。包んだ弁当箱を振り回しながら裏方は帰ろうとするので、聞きそびれていたことを思い出した。
「んで、理由って一体何?」
「そんなもん秘密だってば」