おっぱい



 教壇というものは他の場所よりも高くなっていて、その上に置いてある教卓の上は最も高いところだ。そんな高い所に乗って、雨戸が元気に持論を展開していた。
「あ れだぁ! 世の男の子はおっぱいが大好きだわぁ! 大きいの小さいのと趣味は違うかもしれないが、おっぱいが好きであることには間違いはないんだわぁ!  フェティシズム論争でおっぱい派とおしり派、きょぬー教とひんぬー教で争うことも少なくはないがぁ、おっぱいが嫌いな奴なんていやしないわぁ! なぜおっ ぱいが好きか、それは自分にはないものだからこその羨望なのだろう。去勢不安、ペニス願望、いわゆるそれらと同じものだぁ! いうなればそう、おっぱい願 望だわぁ!」
 頭が良いのか悪いのか、心理学用語を混ぜて来るけれども、そのせいで余計にバカっぽかった。思わずこの論理の裏打ちのために調べて来たんじゃないかと、雨戸の頭を心配しそうになる。
「そして個人ごとに体質が異なるように、おっぱいもまた異なるものだわぁ! つまるところ、ありとあらゆるおっぱいを気持ち良く揉みたいのだぁ! ありとあらゆる気持ち良いおっぱいが揉みたいのだ!」
 あまりにも素直に、あまりにも熱く欲望を語る雨戸。今日は保健体育の授業なんてなかったのにどうしたのだろうかとも思ったが、いつものことだった。両の手を突き出し、五指をせわしなく動かす雨戸。
 あまりにも欲望に正直過ぎる姿は軽い尊敬の念を覚えるけれども、そこは人間なんだからもう少し理性的に行けば、揉ませてもらうこともできたんじゃなかろうかと思うのだ。
「んだよ、そんなん言うならまずは男同士で乳揉んでろよ」
 ハグ大好きな紅茶でもさすがに乳を揉ませろという意見は通じないようだ。教卓に向かって蹴りを一発。高いところというのは揺れが大きくなるもので、雨戸は意見と一緒に揺らいだ。
 対人距離が近く、しょっちゅう誰かにひっついてる紅茶でもさすがにおっぱいは揉まないらしいし、簡単に揉ませもしないようだ。
 続けて蹴られてはかなわないと思ったのか、雨戸はとりあえず教卓を降りる。いきなり宣言通りに紅茶の胸を揉むことなんかせずに、なぜか忠告を参考にするかのように野郎どもへと視線を巡らせる。一番近くにいたのは幽霊。視線を定めた雨戸はなぜか五指を動かし始めた。
「そりゃっ!」
 言うと同時に真っ正面から幽霊の胸を揉み始める雨戸。傍から見ているとすごい異空間である。いつからこの世は男同士で乳繰り合うようになったのだろうか。なぜか幽霊は拒否することもなくされるがまま。
「これは、新感覚!」
 雨戸は無抵抗の幽霊の胸を揉みながら素直な感想を述べる。料理番組によく使われる、詳細にして難解なたとえを絡めウィットの利いたトーク能力が雨戸になくて何よりだ。
「じゃあ野郎同士で乳揉み合ったんだから、今度は女の子同士で揉み合うところを見せてくれるんだよな!」
 気持ちの悪いことをやると思ったらそういう魂胆か。当然無視してしまえばいいことだが、タイミングの悪いことに宮殿がいた。そもそもさっきまで紅茶が宮殿にひっついていたわけで、需要と供給の成り立つこの二人に雨戸の提案は打ってつけだった。
「お安い御用ですね!」
 先ほどまでとは立場が逆転し、宮殿は紅茶の胸を揉み始めた。制服の上からでは満足いかないらしく、服の中に手をつっこんで邪魔なブラまでも外す。手慣れているのは気にしないでおこう。
 ひぁっと可愛らしい悲鳴をあげて弄られる紅茶。さっきまでくっついていた手前断りにくいのか、年上ということで拒否するタイミングを逸したのか、はたまた弱みでも握られているのか、赤面して耐える。
「気持ちいいですよ~」
 こちらもこちらで至って簡単な感想。制服の下でやりたい放題し放題に動く宮殿の手。直接見えるわけではないが、次々と皺を作る制服が、その下でなまめかしく動く手を容易に想像させた。言葉なんて物事を正確に伝えることはできないとみんなに知らしめるかのよう。
「で、いつまで?」
 震える紅茶の声。周囲の視線を一身に集め、胸を揉まれれば震えもするだろうが、どちらかと言えば震えの成分の多くを占めているのは怒気であるようだ。
「これはこれで見てて楽しいのでいつまでも」
 紅茶の爪先が雨戸の顎先をとらえた。ところが宮殿が胸を揉んでいたのでバランスを崩し転んでしまう。踏まれることはなくて蹴りはしたが、災難であることに間違いない。