突如衝撃



 突如衝撃。屈んだことで見上げた視界に見えたのはスカートだったので、いきなり人に殴りかかったのはマチだと断定する。さらにもう一つの理由は、急所である三日月を正確にカチあげてきたからだ。
「どうしたんですかマチさん? 今日も相変わらず調子がいいようで」
 脳みそが少し揺れていらっしゃるのか気分が悪い。殴られた場所が場所なのでしゃべると痛むが、しゃべらないと気がすまない。衝撃に対して脳みそが誤解を受けたのか唾液がじわりと出る。視界が少し白いのは何も太陽が発光量を増したからではないだろう。
「人を~ローアングルで見上げてくるんじゃない~」
  顎を押さえていた腕、その二の腕、筋肉の継ぎ目を縫うようにつま先がねじ込まれる。ハイキックで綺麗に伸びる足について考察をぐだぐだと述べることはでき ない。押さえていた手で顎をねじることになる。さらに入学当初、オリエンテーションで習った止血点を思い出す。衝撃はあまりなかったが、血の流れが一瞬止 まったせいか、痺れを感じる。
 痺れを取るように腕を振る。もちろん蹴りが届かない位置まで下がるのも忘れない。普段は俺の方が背が高いから、見下ろすなって言うくせにその発言はいかがなものか。
「じゃああれか、まっすぐ見つめればいいんだな」
「気持ち悪いから~こっち見んな~」
  そう言って素早く踏み込み。まっすぐ懐に入り込まれれば、カメラがズームアップしたような感覚。そして繰り出されたのは目潰し。腰を落とし、身をかわす。 下がった胸骨がもう一方の掌に押された。目潰しを捌いていれば鳩尾に掌打が撃ち込まれていただろうが、腰を落としたことで両方とも急所をかわすことができ た。
 いつでも動けるように、足は広めに開いて腰を少し落とす。マチを見ればやる気十分。どうやら今日のマチは徹底的らしい。
 されっぱなしもいかがなものかと思い、先手を取ろうと腕を抑えにかかる。目潰しから引き戻された手を掴み、体の正面を開かせようと振る。ところが正面で止まることなく、マチ自身が体をねじり、余分に回ったことで掴んだ手は簡単にはたき落とされる。
 回すつもりが余分に回り過ぎてしまい、俺は脇腹を晒すことになる。マチも体が回っているから拳を振ろうにも、一度姿勢を戻さなければならないだろうと思ったが、そのまま体全体を回転させて後ろ回し蹴りを放つ。
  上体が揺らいでいた俺にとってその一撃は膝をつくには十分。両膝と片手が廊下の衝撃を殺す。マチは低くなった頭を狙い、連の掌打。左右の連打を片手で捌く ことはできない。だから俺はそのまま体を倒した。顎とこめかみを狙った掌は、額と髪を叩く。急所にさえ入らなければ耐えられないことはない。額の一撃で首 から嫌な音がするが、明日痛むほどではない。
 額を押された衝撃をそのままに、今度は上体を後ろにそらす。そのまま起き上がろうと思ったが、そこ まで俺の体は柔軟にできてはいない。尻もちをつくことはなかったが、三歩ほどたたらを踏む。そしてマチにはそれで十分。転がってきたサッカーボールを蹴る ように思いっきり蹴りあげに来た。
 手は前に放り出したままだったので素早く引き戻して足を止めようとする。しかし腰も入っていない腕では衝撃を殺すことはできない。
 蹴りで腰が浮いたと思ったら、足も浮いた。とっさに掌を組んで腕が解けないようにしたからだろう。腕がほどけていれば、間違いなく顎に爪先がめり込んでいただろう。脳みその代わりに肘と肩に多大な負担をかけさせる。
 ほんの僅かな距離だが体が浮いて立ち上がったような姿勢に。このまま着地したらバックステップで逃げよう。
  しかしマチは待ってくれなかった。蹴り足は空中に浮いたまま。軸足が回転するのを見て心拍数が上がる。さっきまで俺に向けられていた軸足は、半回転して今 度は踵を俺の方へと向ける。蹴り足の膝がマチの方へと引き戻され、そのまま腰を突き出しての重い蹴り。爪先が地面にふれたとほぼ同時に胸骨を軋ませる蹴り が見事に入る。
 そして俺はバックステップ以上にマチから離れることになった。
「あー、もう~! イライラする~!」
 あれだけ殴る蹴るしておいて、出てきた言葉はこんなもの。ストレスを発散したんなら清々しくしていただきたい。すっきりしないといってマチは去っていった。