四月一日



  まだまだ春休みで、入学するのはちょっと先の話。それなのにエイプリルフールを楽しむためだけに学校へとやってきた。四月一日エイプリルフールならば一応 身分は新入生だからやってきても問題はないだろうし、あちこち見て回って何か問題があってもエイプリルフールの嘘でした! で片づけてやる。
 新 しく通うことになる学び舎は、人探しのやる気を失せさせるくらいには広い校舎で、とりあえず先輩がどこにいるのかなんて全く知らないけれども、春休みに人 のいる場所なんて限られているだろうから、ちょっと探せばどうにかなるだろう。なんだったら誰か人に聞いてみるのもいい。嘘をつかれさえしなければ先輩に 会えることだろう。
 上履きなんて持ってないので、事務室脇の来客用のスリッパを失敬。だいたいの見取り図は入試の時に覚えている。すぐそばの体 育館に行って今年度の入学生だと名乗って遊ぶのもいいかと思ったが、喧騒があまりにも激しく、体験入部だなんて調子になりそうにもなかったのでやめておこ う。歓声が聞こえるのはわかるのだが、どうして悲鳴が聞こえるのだろう?
 スリッパの底を廊下にあて音を出しながら歩く。すっぱたすっぱた歩いているけれども、人の姿はほとんどない。春休みだからそんなものかと思うけれども、なぜか階段や曲がり角にクリームが付いていることがよくあった。
 どうして学校にクリームが付いているのだろうかと不思議に思っていると声をかけられた。
「あれ? 君、君、そんなところで無防備に何してるの?」
「無防備って、俺が無防備に見えますか?」
 両手を開いて自信たっぷりの顔を浮かべる。うん、あまりにも無防備だった。助かったことといえばそれを見て相手が笑ってくれたことだ。何となく情けない顔で笑われた。
「ああ、そうか。もしかして新一年生?」
 頷いたとたんに視界が暗くなった。柔らかい感触に甘い匂い。……これは。少し遅れて質量をもった物体の落ちる音。適度なホイップ具合が顔面で味わう感触と床に落ちる音に反映されていた。テレビの向こう側の世界を少し味わうことになった。
 とりあえず冷静に落ち着いて目の周りのクリームを拭いとる。払って落とそうかとも思ったが勿体ないので口の中へ。指を引き抜いて何かしゃべるより先に相手が言葉を放った。
「ああ、ごめんね。ほら、今日はエイプリルフールだからさ」
「なんでやねん!! エイプリルフール言うたら、あーた嘘ついても許される日やが!!」
「まあまあ、落ち付いて。たぶんキャラ変わってるんじゃないかな?」
 情けなさそうに、申し訳なさそうに笑いながら、自分と同じ考えでない限り上級生である目の前の人物は手で形だけの謝罪を作る。
「今日は何の日かわかる?」
「四月一日、エイプリルフールですよね?」
「それは正解といえば正解なんだけれどね。フランスではこの日のことをなんていうのか知ってる? ポワゾン・ダブリル、四月の魚っていうらしいよ」
「魚とパイの繋がり具合が全く分かりません!」
「あ は、そうだろうね。えーと簡単に説明すると、この時期はフランスでは魚があまり取れなくて、ありえない、を指すらしいんだ。まあそれは置いといて、この日 は魚の形に切った紙を相手の背中にこっそり張り付けるっていう悪戯があるんだ。で、それだとバイオレンスが足りないからって魚の形をしたパイを投げること にしたんだよ」
「なんだそれ!!」
「いやー、魚の形をしたパイやチョコを贈る風習になぞらえたらしよ」
「知識にアレンジを加えて独自のものとするのも困りものだな!」
「まだ学校が始まってもいないのに遊びに来るような新入生なんだから、これくらいの退屈しのぎはちょうどいいんじゃない」
 そう言って悪びれた様子もなく、かといって堂々としているようにはとても思えないのだが、一理あるので納得しようとしたところで後ろから飛んできたパイが名も知らぬ上級生の表情を隠してしまった。
 驚いて振り向いたところで、またしても視界は暗くなる。まず先に落ちる音がして、一泊して今度はより自分に近いところで落ちる音。
 見事パイをぶつけることが成功して嬉しかったのか、笑い声があがるけれども、先ほど聞いたのと同じ音がして笑い声は止まってしまう。
「これ、嘘つかれる方がましだって言う人いませんでした?」
「そんな人はそもそも学校に来てないから。まあ連れてこられた人はいないこともないけれど」