ココア色



 こんなに寒いと何か温かいものが欲しくなるわけで、コタツに入って先輩に何か温まるものを所望してみた。
「電気の入っていないコタツじゃ暖かくならないので、あったかいものが飲みたいです」
「どうして電気の入っていないコタツは、コタツに入らずにいるよりも余計寒々しく感じるのだらふか」
  先輩も寒いようなので震えながら素直にキッチンへとコタツから出る。床からして冷えるので、可愛らしいスリッパに両の足を突っ込む。数歩の足音がすれば、 コンロに火が入る音。しかしだからといって部屋が急に暖かくなるわけではない。そんなわけで切れたコタツの電源コードをいじってみる。コンセントには挿さ れていないので感電する心配はない。そして暖かくならないので心配しなければならない。
 くしゃみを一つ。清廉潔白な身の上なので噂話などされる はずもなく、風邪を引きかけているのか、鼻が詰まっていて調子が悪い。洟をかんで捨てようとしたらゴミ箱がいっぱいだった。何とも言えない義務感に駆られ て、丸めたティッシュをゴミ箱に投げてみるけれど、中身の詰まったゴミ箱に入ることはできなくてむなしくはじかれる。はじかれたティッシュはもちろん拾っ て、ゴミ箱を入れ替えてやる。
 片づけて立ち上がってみれば狭い部屋、廊下とのドアは開け放たれているので、空気の違いを感じる。上の方にきっと湿度を持った暖かい空気。コタツに入ってしまえば感じることのできない高さに溜まっているようで、物理法則に喧嘩を売りたくなった。
「先輩早くコタツに入りましょうよ。人間ヒーター人間ヒーター! 一人よりも二人ですよ」
「そんなこと言われても、火つけたまんまだし。んー、焚き火に当たるとあったかいのにコンロの火はあんまり暖かくないよね」
「直火だとあったまりますよ」
「そんなことしたら火傷じゃ済まされないんだぜ」
「え? 火傷以外のなにものでもないでしょう?」
 沸騰する直前の音の後には沸き立つ水音がする。コンロの火が止まる音。火はおとなしく消えずに、弾けるような軽い音がでる。先輩が何を作ったのか分からないけれど、どうやら味噌汁やお吸い物といった汁物ではないらしく、お椀や丼ではなくてマグカップを手にしていた。
「ん~、ゴゴリッ・モゴリッとか?」
「なにそれ? モクリコクリみたいな妖怪? 妖怪を飲むってシュールすぎると思うんだ。しかもそれであったまるっていうのが恐ろしすぎる」
「ベラルーシのホットミルクセーキ。名前がヤバいですよね」
「ん~、おしいけどハズレ。鼻きいてないっしょ? ま、飲んでみなって、飲めばわかるっしょ」
  マグカップをコタツの上に置いて先輩はコタツに入る。スリッパはコタツの中で脱がれた。脱ぐときにコタツ布団がめくりあがって、わずかに温まった空気を逃 がす。スリッパの足の次は靴下をはいた足があたるけれども、その足が冷えているのかだなんてことは分からなかった。わからないってことは、体温は一緒なの だろうか。そうでなければ寒過ぎて足の感覚がないだけ。
 目の前に置かれたカップを覗き込むと乳白色がかった小豆色。甘く芳醇な香りはないけれど、見る限りココアのようだ。ミルクココアだからミルクつながりでおしいということなのか?
「何かお茶うけとかないんですか?」
「アイスでいいなら冷凍庫に眠ってるかな?」
「遠慮しときます。寒い時冷たいものを食べるのは、あったかい所にいる人たちの特権です。でもココアに合うあったかいお茶うけってなんでしょうね?」
 熱いよ~という先輩の言葉を受けて、カップの中身を吹き冷まし、一口。……ん?
「なんすかコレ!! ココアじゃないぞ!?」
「え? 小豆ミルクだけど?」
「見た目の色まんまのものが出てきた!! ココアにしましょうよ、えーと、なんかエロいから!」
「小豆ミルクも十分にエロいと思うんだけどな~」
  ツッコミは入れずに小豆ミルクを口に入れる。ココアに比べてざらつきを感じさせる食感、嚥下した時ののどごしもまたココアにはないもの。小豆を飲み干すな んてのは善哉を食べた時以来。つまりこの小豆はあの時の余りということだろうか。賞味期限とか、薬屋さんとマチが触っていたものとは別のものかとか、いろ いろと考えることもあったけれども、確かにあったまったのでよしとしておこう。
 善き哉善き哉と言いたいけれども、お餅は入っていないので無言で甘い汁をすするだけ。