金銀木犀



  まだまだ日差しは暑さを持つけれども、真夏のそれよりは確かに弱まっていて、それを実感するのは主に肌に当たるそれなんじゃなくって、その影響を受けた草 花のおかげであることが多い。そんなこんな、先輩と一緒に帰っていたら強い香り。これから暑くなることはないのだろうと実感することになった。
「にしても学校って金木犀植えるの好きですよね。それも目立つところに。小学校にも玄関前にあったし、中学校は体育館わきにありましたし、こないだ行った他所の学校なんか、テニスコートを覆う垣根が金木犀でしたもん」
「それは香りが強いから意識するだけだってば。テニスコートは学校の場所にもよるけれど、体育館のわきって目立ってない目立ってない」
 暦の上ではもう少し涼しくてもいいよなと思っていたが、確かに時間は流れているようでどこからともなく金木犀の強いにおいが流れてきた。たしかに強く意識させられる香りだ。香りは感じるけれどもどこにあるのかわからない。
「なになに? 嫌いだったりする? おれっちは好きだけどな。花なんだからさ、見た目がごついのもいいけど、香りが豊かなのもいいよね。あまり食べる気にはならないかな?」
「食べられる花ってなんですか? あんまり想像できませんけど、とりあえず花食って生きてる先輩はイメージぶち壊しですね。んん、嫌いなことはありませんけど。まあトイレの臭いっぽいってふざけて言う人のほとんどが、金木犀のこと好きですよね」
「つまり茶化しているから好きだってこと? おれっちはふざけたりしないけれども、ま、好きかな。まあ食卓なんかに置かれるとにおいが強すぎてダメかも。何食べったって金木犀の味になっちゃいそう」
 先輩は何を思い浮かべているのか、本来甘くないものが甘くなってしまって台無しだって顔をしている。サンマとかだったら激しく同意なのだが、マツタケなんて高級食材ならば、味を覚えるほど食べたこともないので賛同できない。
「金木犀、食べたことあるんですか? 他のにおいを邪魔するってのは確かに言えますね。だからこそ消臭剤、芳香剤のにおいとして選ばれるんですかね」
「カスミソウみたいに、匂いで引き立て役になれる植物なんてないんだろうね。そもそも化粧品の匂いだって入り混じると凶悪なわけだし。マチと薬屋さんは逆に香水でもつけるなりして、もうちょっと気を使って欲しいかな」
「ま、それでも香りの調合なんてのもあるわけですから、強弱の問題じゃないんですか? カスミソウだって花の強弱でしょうし、化粧品の集合は自己主張が激しいということでしょう?」
「む、確かにそうかも。じゃあ弱くしたらいいのかな。そうしたら金木犀ももっと活躍の場を与えられるんじゃないかな」
「いいですね。でも強いからこそ金木犀って感じもしますけれどもね。匂いの弱い金木犀はいつも通りの使われ方はしませんよね」
「まあ、ほのかに香るってとこがいいじゃん。ちょっとだけどもそれだとわかるくらいで。金木犀の匂いだって薄まっていたって気づくじゃん。印象付けはばっちりだよ」
「んー、なるほど。今だって何も木の真下にいるわけじゃないですけれども、金木犀だってわかってますもんね」
「だしょ。これからはシャンプーとかにもじゃんじゃん登場させよう。トイレとかの芳香剤ばっかりじゃあんまりじゃん。同じ使われ方してるバラはあんなに活躍してるのに、金木犀はあまりにも扱いが不当すぎる!」
「生活に溶け込むまでは、頭からトイレの消臭剤の匂いがするって言われちゃうかもしれませんよ?」
 茶化されたのが気に障ったのか、気付かせたのか、先輩はそれならばと様々な商品案を出してくる。さすがにシンナーのにおいを金木犀のそれに変えるというのは壮大な計画だと思う。
  そう意気込む先輩だったけれども、先輩は別に会社の企画部でもなければ、どこぞの研究員でもない。だから意気込んだって商品化なんてことは難しいこと。薬 屋さんやマチなんかだと無許可で購買に置いたりするんだろうけれども、先輩にはそういう特殊技能もない。横で相槌を打っている俺も同様である。
 とりあえずこんな会話は秋らしいのかだなんて考えてみる。食欲だの、運動だの、読書だのと言われるけれども、季節自体の話で季節を感じてもいいはずだ。金木犀の香りの乗った風が吹く。風の温度には秋らしさは感じられないけれど。