水に入る



 十字架と一緒に屋上で昼食を摂っていたのだが、あいも変わらずラモーテは屋上にいた。そして話しかけてくる内容もいつも通りだった。
「はあ、死にたいわ。ねえ十字架ちゃん一緒に心中しないかしら? 秩父かどこかのダムに入水自殺して、そして飲料水になって関東一円に被害をもたらさない? わたくしたち二人の体が水に溶けあって、すべての人の中に入っていくのってロマンチックじゃない?」
「それってロマンなんですか? どちかっていうとバイオテロですよ。全く、そんな迷惑な死に方しないでくださいよ。まあ関東なんて関係ないんですけど」
 そうは言っても、お茶を飲んでいるその時に、そんなことは言わないで欲しかった。どことなくお茶がまずいと感じてしまう。
 この水に誰かが溶け込んでいるだなんて考えたくないことだった。ラモーテは相変わらずの提案を十字架に持ちかけてくる。もちろんこれは十字架に限ったことではない。
「というか何故に十字架なんですか? ここは男と女が一緒に心中するほうが、それっぽいんじゃないですか? ここにこんなにいい男がいるんですから、話題性はばっちりですよ」
「だって十字架ちゃん可愛いじゃない」
 なんだこの理由。にこにこと笑顔を浮かべながらラモーテは十字架の手を握った。どうやら優先順位は十字架の方が高いようだった。こんなことなら十字架を連れてくるんじゃなかった。
 十字架はまだ弁当箱を突っついていたので箸を握ったまま。ご飯が食べれなくて困っているし、ラモーテに握られているということでも惑うていた。十字架はラモーテに対してほとんど面識もなくて、慣れていないからな。
「まあ十字架がどう思ってるかが、重要なんじゃないですかね」
 さっきからほとんど口を開いていない十字架に視線をやる。ラモーテも同じように視線を向ければ十字架は戸惑いは深くなる。
 自殺のお誘いなんてそうそう受けることでもないし、死にたがりで有名なラモーテを相手に何を話していいのかわからないのだろう。自殺の一歩を踏み出させたというのは、誰もが求めていないこと。
「じ、自殺ですか? 苦しくって激しくって疼くような痛みはご遠慮したいんですが」
「大丈夫よ、きちんと勉強してなるべく痛くないように頑張るから。自ら命を絶つという、神聖な何者にも変わることのできない儀式を、わたくしと一緒にいかが?」
 どうやらラモーテは十字架のことを気に入ったらしく、熱い眼で見つめてくる。はいはい、お姉さんたちちょっと近いですよ。いまだに十字架は箸を握ったままなので、それが場にそぐわなくて面白い。
「それって、すっごくとてつもないごっつい選択なんじゃないですか? だって死んじゃうんだから、人生で唯一、究極、最期の選択なんですよね。それを自分で決めてしまうんですね。すごいです」
 まさかの十字架からのポジティブな発言。オプトなんかがこの場にいたらきっと追随したことだろう。ノリノリで自分が死ぬことを考えることができるのは、ひょっとするといいことなのかもしれない。死に方くらいは選びたいものだ。
「今のままでいたくない、どうにかしたいって、抜け出したいって思いから出てるんですよね。それならものすごくポジティブな前向きな勇敢な考えなんじゃないですか」
 顔を真っ赤にして十字架は力説している。うん、たしかにラモーテの言うことが分からなくもない。こんだけ可愛ければ一緒に死にたくもなるというものだろうか。
 さて、俺は食べ終わったことだし、そろそろ止めに入ろうかと思い、まずいお茶を飲む。水がまずい話なんか聞きたくないし、水がまずくなる話をさせるのもいただけない。
「だけど好意的に前向きに漸進的に考えても入水自殺はいただけないかと。苦しそうだしキツそうだし汚くなっちゃいそうだし、3Kですよ。あ、帰れなくなるから4Kですか?」
 そこはあまりうまいこと言わなくてもよかった。ちなみに危険だから5K。そう思うけれども、まだまだ十字架は死ぬ気はないようで一安心。死ぬときは俺と一緒にどうかって誘っておくことにしよう。
「何かいいのがあったら、教えてくださいね」
 そう言う十字架。ラモーテから手は解かれた。何とも言えないが、とりあえずは笑顔に見えるので笑顔だととるが、そんな表情をラモーテは浮かべていた。交渉決裂で決着はついたらしい。
 十字架が弁当箱の中身を空にすると予鈴がなった。二人は手をつないで階段を降りていった。