検査準備



 学校に来れば廊下を歩かないことはないので廊下を歩いていた。まれに移動をすべて外で済まそうとするやつがいるけれども、それは特殊な話。いきなり窓から入ってこられるとびっくりするが、こちらの都合なんか考えていないゆえの行動だ。
 しかしその特殊さが身を救うかもしれないと痛感したのは、いきなりマチに関節を極められて薬を飲まされたからだ。そうですか、サブミッションもお得意ですか!
「ちょ、何飲ませたんだよ!」
 ご丁寧に飲みやすいカプセル錠でした。粉薬と違って気管に入ることもなく飲みやすかったけれども、問題はそういうことではない。今度からはゼリー薬も試してみたいとかいうこともない。
「気にすんな~。運が悪くても血反吐吐き散らしながら、脳みそ膨張させて、穴という穴から血を噴き出させて死ぬだけだから~」
「気にするなって方が無理な話だろ! 何だよその少年漫画みたいな死に方は。あと運が良かった時の結果も気になるけれど、早く解毒剤をよこしやがれ」
「馬鹿じゃないの~。実験薬に解毒薬なんて、あるわけが~ないじゃない~」
 そう言いながらマチは慌てふためく実験動物に冷たい視線を送ってくる。何だってそう楽しそうなのか胸の内を聞きたいが、聞いたら聞いたで薬の効果がでる前に反吐を吐きそうだ。
「くっ、いつだって捕食者たちは冷酷な目で俺たちを見つめてきやがる!」
「食べたりなんかしないって~、せいぜい、嬲り殺し~?」
 せめて半殺しくらいで勘弁してください。いただきますという感謝の念もないようで、マチはどうやら殺した生き物は食べなければならないという信仰の持ち主ではないらしい。まあ俺もそうなんだけど。
「上に立っているものはもっと慈愛を降り注いでもいいと思います」
「弱者が吠えるな。上下関係なんて概念が覆ればころっと変わっちゃうよ~」
 そうは言われても、とても覆せることのできなさそうな壁を感じた。少なくとも年齢という壁はどうやっても越えられない。
「それはそうと、はいコレ~。明日は朝起きたらコレに尿を入れて~、薬屋さんのところに提出しといてね~」
 渡されたのは入学してすぐにお世話になった懐かしいケースにカップ。他諸々。自分で作る紙コップじゃなくなって困惑したのも懐かしい思い出です。チャックの付いたビニール袋もあるので、つまりこれはそういうことか?
「聖水プレイかっ!?」
 殴られた。正確にいえば手を水平に寝かせ、閉じていなかった脇、それも肋骨と肋骨の隙間を綺麗に突きこまれた。
 今度からマチと相対するときはしっかりと脇を締めて構えなければ。隙を作らないこと、これ大事。
「なんて無防備なところを正確無比に刺突攻撃しやがるんだ! 骨と骨の間には骨なんて防御装甲は付いてないんだぞ!」
「突きはしたけれど、ツッコミはしないから~」
 体を傾けながら苦痛に耐えてみる。身をよじる痛みは長く深く続いた。苦痛に耐えたからって、これは試練でも何でもないのでご褒美はなく耐えるだけ。
「いや~、それにしてもマチにそんな趣味があったとはな~。手の早い、マニア女じゃなかったんだな。……いや、変態はある意味マニアと呼べるんじゃないか!? するとマチは新たなマニアック属性を身につけたのか!!」
 痛みが治まったわけではないが、耐えるだけは癪なので、ツッコミが来ないのをいいことに叫んでいたら、もう一発物理的な突っ込みをもらった。今度は体の反対側を突いてバランスを取るということもなく、ほぼ同じところ。無慈悲にもわずかに場所を変えての二連撃。
 もしかすると気にしていたのかもしれない。そんな無神経な発言を思いながらも、あまりの痛みでちょっと涙が出た。
「ま、くだらないこと言われたけれど~、毎日提供してくれるんなら、ありがたい限りなんだよね~?」
 そう言ってマチはもうワンセット、懐から取り出した。ものすごく常備しているのかどうか聞きたくなったが、イエスの答えが返ってきたとき、それはまだ薬があることを示すので冒険はできない。薬の服用は医者の指示に従うもので、マチは医者ではない。
「でもさ、それって毎日毎日薬漬けって意味なんだろ?」
 マチはいい笑顔で笑った。懐から出てくる薬の数々。あれだけあればきっとどれか毒に違いない。まあ薬も毒も同じ様なものか。
 とりあえず次の日、死んでしまうこともなかったので薬屋さんのところに持っていったら、連絡が行き届いていなかったようで、お互いに恥ずかしい思いをした。