かき氷片



「おい、十字架。お前箸止まってんぞ。急いで食べねえと氷に戻っちまうだろ」
「ちょっと待ってって、最初にスピーディに光陰に楽しい時間みたいに急ぎすぎて尋常ではなく異常にありえないくらいだからって通常じゃないかといわれればそうでもないくらいに頭キーンってきてんだけど。それにこれ箸じゃなくてスプーンだし」
 そう言いながら、スプーンを握りしめたまま、十字架はこめかみを押さえている。俺もだいぶ舌やのどが冷たくなってしまってはいるが、まだ強烈な頭痛は襲ってこない。
「罰ゲームで俺にかき氷おごれって言ったのお前なんだからちゃんと食えよな」
「そうは言ったし、そうと言われても、さすがにこんだけ物量作戦で大量に膨大に大盛りにやってくるとは思ってなかったんだもん」
  二人で半分ほど食べたかき氷だが、まだ十字架の顔をわずかに隠している。確かにこれは多すぎるだろう。まあ、普通のかき氷じゃなくて、これでこそ罰ゲーム のおごりという実感が伴うので、俺はそこそこ楽しんでいる。見ようによっては十字架への罰ゲームのように見えなくもない。うん。もちろんそれも考えた上で のこと。
「ううう、幽霊は? 幽霊にヘルプ!」
「残念だったな! 珍しく部活に行っているから今日のところ幽霊は助けに来てくれんぞ!」
「なんらってー!」
「呂律回ってない回ってない」
「にゃみゃむみにゃみゃもめにゃみゃたみゃも!!」
「それはわざとすぎるだろ」
  さくりと目の前の氷片へとスプーンを差し込む。かき氷タワーの表面は来てすぐのころはシロップの色をしていたのだが、今は少し白くなっている。サラサラ だった氷も少しずつスプーンへの抵抗感を増している。それはそれで崩れにくくなったので取り分けやすくなったのだが、おいしさは半減だ。
「先輩は? こういうマゾ的抱腹絶倒面白企画には飛びつきそうなもんだけど」
「さあ? 今日はまだ会ってないからわかんね。そもそもゲーム自体急だったからな、罰ゲームにだけそう都合よく現れることもないと思うから、さあ食え、やれ食え、どんと食え」
 十字架は首を左右に振ると、冷たいものを持つのも嫌ということか、スプーンを置いて耳に手をあてた。冬の子供のように大きく息を吐いた。もちろん白く曇ることはない。
「だいたい意味が分からない! 何だって器は冷たそうで涼しそうで冷やかなガラスで、多すぎるからこぼれた時のためにって置かれている盆は冷ややかで涼しそうで冷たそうな金属製なのさ!」
「さあ? 安いからじゃね? 特にこれといって形にこだわってるかんじもしないし、他の客に出てるのもおんなじ形だし」
「何かこう、もっと温もりのある温かみのあるアツすぎる器にしようよ!!」
「かき氷の器なんだからこのままの方が正しいと思うけどな。いいじゃん、涼しそうで」
 十字架はさっきよりも激しい動きで頭を振った。寒そうに小刻みに震えていて、足と床が小さく速いペースで音を立てる。
 俺なんかよりもアンダーを着こんでいる十字架の方が保温性は良さそうなものだが、発熱量が違うのかもしれない。それとも体の芯から冷えていくので意味がないのだろうか。
 耳を押さえていたためか眼鏡がずれていた。十字架はそれで眼鏡も金属であることに気づいたのか、嫌そうに外した。こめかみが痛いらしく、険しい顔が障害物の先に見えた。十字架の眼鏡を外した顔を見るのは珍しいことだとは思ったが、そんなことを身振りにも出さない。
「あ、そういえばさ、こめかみが痛くなるのってノドの刺激を脳みそが誤認識してるかららしいぜ。脳みそも自分のことなのにずいぶんとテキトーだよな」
「なんらっけ? アイスクリーム頭痛でしょ。またの名を関連痛。異所性疼痛ともいう」
「へえー」
「へえーって、もっと面白おかしく楽しいコメントは?」
「いやーアイスクリームさんも偉大な発見したもんだよな」
「アイスクリームって人の名前じゃないから」
「なんだよもっと面白い突っ込みでテンション上げないと、目の前の氷的は倒せないぞ」
「じゃあ、ラクトアイス博士が研究論文をヤギに食べられたからアイスクリーム博士に先に名前が付けられて、ハラワタが腸捻転おこすくらい悔しい思いしてるらしいよ、ってんなわけあるか! っていうノリツッコミとかでどうよ?」
「おお、その調子その調子。よし、ご褒美をあげよう」
 そう言いながら十字架が机に置いたスプーンと自前のスプーンを使って目の前の氷塊を取り分ける。氷塊の赤は奥の方に沈んでいる。断面はその赤と取り囲む白の鮮やかさを見せる。
 だいぶ十字架の顔が見やすくなったが、皿に盛られた氷を見るその顔色は悪かった。