動く迷子 「いや、だからさ、俺は全く役に立たないだろうと思ってさぁ。別に役に立たないんなら、いてもいなくてもいいわぁ」 　そう言う雨戸は失敗したわぁと自分でも痛感している顔。こいつはちょっと思考回路が顔に出すぎなんじゃないかと、お節介にも心配してしまう。人の弱みをちらつかせる時には笑いすぎだし。まあそんなこと言って、改善されるのは面白くないので忠告なんてしたこともない。 「だからっていきなりいなくなられたら困るって。出かけようって言ったのはそっちなわけだしさ、それなのにいなくなるのってどうよ！」 　紅茶はいまだにしっかりと根に持っているようで、雨戸を後ろから絞める絞める。腕で顔の大半は隠れているが、雨戸に対する不満がありありと見て取れる。締められる雨戸の顔も隠れてしまう。 　紅茶は雨戸の後頭部を非難の目で見降ろしているが、雨戸の救いは後ろにいる紅茶からは表情がばれないこと。そのくらい。 　その行為だけ見れば仲の良いことだと思えなくもないけれども、紅茶が誰彼かまわず抱きつくのはいつものことなので、真意は批難で間違いない。 スキンシップが言葉通りに触れ合うのが紅茶の仕様。まあ肌というか肉？　そんな感じがするけれども。まあ、そんなことを考えても、二人で一緒に遊びに行くくらいなのだから仲は悪くはなく、別に注釈しなくてもよかったかな。 「なんだっけ？　お前ら遊びに行ってたんだよな。んで道が分かんないから聞いただけなんだろ？　いたってフツーじゃん。何だって雨戸は途中でエスケープかましちゃったわけ？」 　どうせいつもの痴話喧嘩だと思い、話半分に聞いていたので、いまいち正確ないきさつがわからなかった。まあ詳細に聞いたとしても、紅茶の不満は解消されないだろうし、雨戸が人間国宝並みに尊重されることもない。そして俺のことだってきっと何にも変わりはしない。 「言葉にすりゃあ、まあ確かにそれだけなんだわぁ。んでも足りないところがあってなぁ、コイツさ道聞くのはいいけど、誰に聞いたと思う？　異国の地で話に聞いた物珍しい文物を私たち絶賛観光してますって感じ丸出しのフォーリナーに聞いてんだわぁ！」 「あー、なんかその光景はすげえシュールに見えるだろうなー」 　ちらりと視線を向ける紅茶の髪の色は明るい金。瞳の色も俺らとは違って明るい色。これで海の向こうからいらっしゃった方と話しなんかされると、まるでそこだけ別の国。確かにその状況で雨戸が混じっちゃうと、明らかに浮いて見えるのかも知れないなあ。 「しかもさぁ、コイツは普通に英語で話しかけるんだわぁ。そりゃ相手に合わせるのはいいかも知んないけれど、俺は全然英語だめなわけだわぁ。話についていけなくなることは明白なわけだわぁ」 「だからっていきなり居なくなっていい理由にはならないと思うな。せめてなんなりと言って欲しいじゃん」 「うわぁ～、まあ二人の言い分がわからんでもないがな～」 　 紅茶が道を聞こうとするのもいつも通りなら、きっと雨戸が迷っていることを楽しんでいるのもいつものことで。相手に合わせて英語を話す紅茶もいつものこと で、そんな場に居合わせるといたたまれなくて逃げ出す雨戸もいつも通りだった。いきなり居なくなった雨戸に怒る紅茶も、紅茶にならばくどくどといわなくて もわかってくれるだろうと思っていた雨戸も、まったくもっていつもと外れたことはないのだ。 「しかもそのあとプリン勝手に取るし！」 「別に最後ってわけじゃなかったんだからさぁ、また取ってくればよかたびゃ」 　雨戸の言葉の最後は絞められて潰れる。 「自分の分くらい自分で取ってきてよね！」 「どうせあとで取ってくればぁ、おんなじようなもんじゃにゃくば」 　またしても雨戸の言葉の最後は絞められて潰れる。 　潰れる雨戸の顔はいつも通りの潰れた顔で、今日はちょっと潰されている時間が長いかなと思うくらい。 　 外に視線を向けても、空は今までに見たこともないような色をしていなければ、昨日と続いてきた今までの空で、中に向ければ、教室のあちこちから聞こえる雑 音も、いつものようにざわめくそれらは正確に聞き取ることはできないけれども、きっと同じ言葉。そして目の前に視線を戻せば、いつも通りの痴話げんかが あった。 　愚痴はいつものことなので平和だなと思う。そんなことを考えて日常は平和で、平和は日常かと考えたけれども、蒼くなっている雨戸の顔を見て考えるのをやめた。