サボる?



 四六時中先輩と一緒にいるように思われているが、もちろん学年が違うのだから受ける授業は違うわけで、授業時間中は一緒に居ることもかなわないのである。いや、別に何時如何なるときでも一緒にいたいという意味ではない。
  さて、唐突だが今座っている席は廊下側の端っこだ。部屋のど真ん中や、教卓目の前最前列に比べると格段にましな席だが、実際、夏は廊下を挟んでいるせいか 思った以上に風通しは悪いし、冬は冬で窓を閉めていても寒い空気が伝わってくるしと結構嫌な席だ。今はまだ夏前なので快適なもの。
 まあこの学校が山を切り開いて造られたために、逆サイドに棲息している窓際族の奴らが見ることができるのは嫌な感じに繁る山。鮮やか過ぎるアジサイのブルーが目を楽しませる時期を過ぎれば、四季を感じ取れない濃い緑しかなくなって嫌になる。
 それよりは最上階という特長を生かし、海が見える廊下側に陣取るほうが精神衛生にいいってものだろう? まあ教室側の窓がすりガラスなんで、期間限定の眺望だけどな。真冬に窓全開で、鉛色の空と海を見るなんて心が痛い状況にはまだなっていない。
 ちなみに文句の出ない席なんかないってのはわかってる。
  飯も食い終わった五時限目、体育なんてハードなスケジュールは組まれていないけれども、政治経済なんて分かってるような分かっていないような授業は眠気を 誘うだけである。這い上がってくる睡魔をはじき落としながら、声に耳を傾ける。……いかん、授業を真面目に聞くとむしろ眠くなる。
 危険な音波から耳を逸らすために、今日の放課後の予定でも考えてみる。でもそうすると結局授業は聞かないわけで…… まあテスト前にノートを見せてもらうのはいつものことか。
 授業をまじめに聞かず、その代償といつも通りの打開策を講じて安心するのはどうかと頭の片隅で考えつつ、まあサボってるわけじゃないしいいかとか、放課後はなんか刺激物を摂取したいな~ なんて考えていたら廊下に不審人物を発見した。
 体操服でも着ていれば怪我かなんかで校舎に運び込まれてきたとも言いたいけど、当然最上階に保健室があるわけもなく、また先輩も体操服ではないのでそういうこともなく。別に体操服姿が見れなくて残念だということもなく。
  いやいやいやいや、ちょっと待て。今はもちろん授業中。先輩は一体何をやってるんだか! 会いたくて居ても立ってもいられずというそんな地球半回転なフラ グは立てていない。校舎を効率よく爆破するために、爆弾の設置ポイントを探しているなんていう破壊工作中なら熱烈支援させていただきます。
「……先輩、先輩! 何してるんですか!」
  小声で怒鳴るなんて器用なことをしてみる。一応視線は、教科書を立てて読むせいで、顔の見えない職員室よりの使者の動向をチェック。先生の方がまるで漫画 に出てくる、隠れて弁当を食らう生徒みたいだ。もちろん隣の奴からは、窓に首を突き出しているこっちに不審な視線が注がれていることは分かっているが、無 視の方向で。
「え~と、まあサボり?」
「疑問形にしなくても、完全完璧サボり以外の何物にも見えませんよ! しかもこのご時勢にサボタージュなんて流行りませんから! さっさと自分のクラスに戻ってまじめに勉強してくださいよ! 先輩は今年受験生なんですからね!」
 なんかここまで言い連ねると、母親の気持ちがわかるような錯覚に陥るな。自分にも関わることがあるのでちょっとブルーにならなくもない。
「自 分の行動が流行り廃れにのっかかっているようじゃ駄目だって! べつにおれっちはそんな授業聞かなくても何とかなってるし! そもそも受験がなんだ! 就 職なんて、人生なんて多種多様だ! 問題は自分がその結果を好きになれるかだろ! むしろ永久就職先になってくれると、充実した日々を保障しちゃう ぞ!!」
 まあ、その意見全て否定することなんて出来ないけれど、……ちょっといい事言ってるって思ってません? ごまかされませんとも! サボりはサボり! 頭をわしゃわしゃと撫で掻き混ぜて教室に帰らせた。
 一件落着、身をかがめて尻を振りながら戻っていく先輩を見送り、前を向きなおす。あれ? 教卓の上には何もない。不思議に思って視線を走らせると……、なんと真横におはしますではないですか。
「サボっとらんとまじめに授業を受けんか!」
 これまた漫画のように丸めた教科書で頭を叩かれた。……怒られた。なんか理不尽を感じないでもない。不満を顔に受かべ、ふと思う。
 でも先輩は何しにこんなところにまで来ていたのだろうか?
 まあそんなことはわかるわけもなく、おとなしく授業に戻ることにしよう。もう眠ることもないくらい意識が覚醒させられたしな。
 授業中に眠ることはなくても、やっぱり授業は面白くないわけで、窓の外に向けた視線。青い空には一つ小さな雲が流れてきていた。