彩に囲む



  今日は相変わらずのくそ暑い天気で、こんなに暑いんだから学校なんかじゃなくてどこかに出かけたいなーなんてことを考えていたら、放課後先輩にお誘いを受 けた。場所は海だとか山だとか、放課後から行くにはとても気の乗らない場所なんかじゃなくて、山の上の秘境だとか、深海の神殿跡だとか夏にふさわしい冒険 が詰まっていそうな場所でもなくて、そこそこに近い場所だった。
 まあ先輩の家だったんだけれどもさ。家に帰ってもクーラーがストライキしているので先輩の家で涼んでいくのもいいかと思い、ひょいひょいついていくことにした。
「じゃじゃーん? こんなのはどうかな。青い海に映える鮮烈な赤!」
  そんな自分で考えたコピーを口にしながら、先輩が水着姿でくねくねとしている。「おれっちんちこないー?」って軽いノリで誘われれば、こんな展開になるだ なんてことは考えにくいってもんだ。先輩はどこから調達したのか、たくさんの水着を俺に吟味させるために召喚したようなのだ。
「まあ、この水着のお披露目に立ち会うということに関しては良しとしましょう。新しいものを手に入れたら見せびらかしたくなるのは、よーくわかります。ええ、わかりますとも」
「でしょ。もうい~っぱいあるから、あれこれ目移りしちゃうんだけどさ、次コレなんかいっとく?」
「でも! とりあえず! 服を着てください!!」
 なぜか先輩は全裸だった。いわゆるすっぽんぽん。なんで!? これ何のサービスタイム? テコ入れ? それとも実は俺の平常心への試練か何かなのか!?
「え? いやだっていちいち面倒じゃん。水着着るために服脱いで、また服着て、また水着着るから服を脱いでって、なんだ! おれっちを過労死させる気か!こんなに暑いのにそんな無駄な動きしてたら熱中症か夏バテになるよ!」
「過労死しなければ熱中症にもならないし、むしろバテてるくらいが変なことしなくて世の中的には温暖化対策ですよ!」
「なんだよなんだよ。世の思春期男子が想いを馳せてやまない女体の神秘が目の前にあるってのに冷めてんなー、こんなに暑いのに!」
「ですよ! そうですよ! なんでこの部屋こんなに暑いんですか! ガンガンに冷房効かせて、冷えたアイス食べながら、戦慄のアクションホラーを進めようと思ったのに」
「うわー、それ人ん家ではあんまりやらない方がいいよ。まあクーラー壊れててさ」
「帰ります」
「つれないな~。あー、ん? 待てよ。……こんなに暑いからこそ、服着てる方が良かったのか!? くッ、そこまで変態だとはッ!」
「あーはいはい、そーですよー。変態ですからじゃんじゃん着込んでください」
 言い終えて、熱さをどうにかするために、場と間をどうにかするために、シャツの前をはためかせて風を送る。
 先輩のように脱いでしまえば少しは涼しくなるかもしれないが、そんなことはできなかった。視線は部屋の隅に固定したままで、何もすることがないので本当に帰ろうかと思い、腰を上げようとした。
「……ねえ、おれっちがさ、こんなバカするためだけに、こんなことしてるって、本気で思ってんの?」
 先輩が床にあった俺の手に自分の手を重ねてくる。そんなことをされると、俺の首は今までに到達したことのない可動域へと挑戦する。
「……この胸の気持ちを分かってくれないの? わざわざこんなことまでした乙女心をわかってくれないの?」
 体を流れ落ちる汗を感じる。それは自分のものであるし、視界の端に映る先輩の体を伝う汗でもある。部屋のあちこちにある色とりどりの水着が、その個性の強さゆえに存在を埋没させて先輩の肌をきわだたせる。
「それもこれも、……面白いリアクションを見るためじゃあないかぁあ!」
「それは、絶対、乙女心じゃなくて、遊び心だ!!」
 リアクションに満足してもらえたのか、先輩は俺の上からどいてくれる。手の甲がじっとりと湿っている。
「出来心で下が沸いたらどうするつもりなんですか、まったく」
  聴こえないように小声でつぶやく。口に出してしまえば感情は過ぎ去って、汗を感じた。汗は暑さだけが原因じゃなくて、別のものも混じってる。もしかすると 暑さでかいた汗というものはないのかもしれなかった。クーラーが動いていないから、汗は多い。だからきっとこの汗が、暑さが原因じゃないなんてことに気づ きはしないだろう。いつだって見分けなんてつきはしないけれども。
「で、どうだった? 感想!」
「別に。好きなもの着るのがいいと思いますよ。自主性なんて逃げ口上でお願いします」
 それを聞いて、ちぇーっと言いながら先輩はリモコンに電池を入れてスイッチをつけた。