中だるみ



  いつも通りの放課後なんてものは部活に入っている奴の言うことであって、部活に入っていると毎日面白おかしい事件を味わうことができるかと言えばそうでも ないので、結局いつも通りのことなど自分にはなければ、絶対に面白いことが起こるというものでもない。別に事件を探しているわけではないけれども、音楽室 に行くことにした。
「はあ、……だっるー」
「どうしたんよ裏方。珍しく疲れてんだか怠けてんだかわかんない調子じゃん。いつもみたいにバカなことして俺を楽しませてくれよ」
「はいはーい、あんた、暇ならさ、音楽でも、聞いてみたら?」
 そう言いながら裏方が投げてよこしてくれたのは全く知らないアーティスト。どうやらツッコミ入れたり、怒り出すような調子でもないらしい。挑発してるのだからノってくれてもいいと思う。
 受け取ってから視線を裏方に向けてみるけれども、説明する気はないようでピアノの椅子に仰向けに寝っ転がっている。長さの短い椅子には背中と腰が乗る程度で、頭は首をさらけ出してさがり、腕も足も力なく地についている。
「今日、ミューズは?」
「んー、さあ~」
 受け取ったディスクケースをくるくる手の中でまわしながら問いかけてみるが、これにも興味はないようで気のない返事。スカートでも捲ったら反応を返してくれるだろうかとも思うけれど、反応がなかったときとても得がたい感情を獲得することになると思うのでやめておく。
 どうにも裏方は張り合いがないようなので、勝手にプレイヤーにディスクを飲ませる。流れ出すのはやはり知らない音楽だった。普段聞くこともなければ、街中で流れていることもない、そういう類の音楽だった。まだサビにすら入ってはいないけど。
 音楽がサビに入ったところで裏方を見てみるが、リズムをとることも口ずさむこともなし。自分から貸し与えたくせにこのノリの悪さは何なのだろうか。さすがは七つの大罪の一つ怠惰といったところか。
  気まずい、と思うわけではないが面白くはない。せっかく遊びに来たというのにミューズはいないし、裏方もこの調子。もともとの期待値が高いわけではなかっ たが、どうにもゆるんだ空気がゆるみ過ぎているように思う。きっと流している曲が全く知らないうえに、聞き取ることもできないことが、見えない糸をたるま せているのだろう。いや、言い過ぎか。
「あっはっはっはっはー! 受験勉強で忙しいはずの最上級生様が来てやったぞ! 別におれっち音楽部じゃないんだけどな!」
 それはただの迷惑なんじゃないかと思いながら、元気に入ってきた先輩に目を向ける。声は元気だけれども、様子を見れば勉強に疲れましたと言わんばかり。
「あれ? ミューズは? いや、別に何にも用事ないんだけどさ」
 思わずその問いを発する気持ちはよくわかる。音楽室に遊びにきてミューズがいないというのは、なんというか落ち着かない。ミューズがいると落ち着くわけではないけれども、いつもいる人がいないというのは落ち着かないものだ。つまりミューズがいないと落ち着かないのだ。
「ちいっす、先輩、元気ですねー。ミューズなら、今日はまだ、見てませんよー」
「ふーん、そっか。にしても裏方、なんでそんなにだらけてんの? 何かあった? むしろ何もない? 何ならおれっちが相談に乗ってあげようか?」
 先輩が来たって姿勢は変わることなく、仰向きのせいで切れ切れになる言葉を放つ裏方。辛いのなら姿勢を直せばいいのに、直ることが面倒くさいのだろう。
「いえいえ、いわゆる一つの、中だるみってやつです」
 二つも三つもあるのか疑問だが、気が弛むのはわからないでもない。裏方が気を張るということが想像できないが、張ったままだと切れてしまうのだろう。それをつなぎ合わせることは、ピアノの椅子から起き上がることなんかより大儀なことだろう。
「先輩はもう三年ですもんね~、だるんだるんには、なりたくてもなりにくいお年頃ですよね。でも、こう、微妙に落ち着いちゃうと、ついやっちゃうのが中だるみですよねー」
「新入生みたいに新しいものにわたわたしてる時期でもないし、おれっちみたいな頂点でお勉強に励むような時期でもないもんな」
「別にわたわたなんかしてませんけど」
「暇で、うろちょろ、してるくせに」
 そう言うと裏方は溜息。うむ、なんだな。目の前の人間がだらけているのは面白くないな。
 先輩へ顔を向けると、口の形は平仮名のへ。まあ片仮名でも形は変わらないけれど、不満の意思の表れだった。視線が合うと、口は大きく悪戯な笑みに変わり、手は激しく宙をまさぐった。
 大きく頷き、先輩と顔を同じにして同意を表す。二人の視線と手の動きを合わせて、裏方をこれでもかとくすぐってやった。
 転げ落ちた裏方は尾てい骨を強打し泣き笑っていたが、見ている俺と先輩は面白かったのでいいことにしておく。