かみなり 昼休みは晴れていたというのに、今は目の前を強い雷雨がこれでもかと降っている。雷のことを時々降るって表現すると、先輩は歯がゆそうな顔をする。 雨粒が窓を叩き、雷鳴と一緒に激しく音を響かせる。なぜか部屋の照明が消されているために、薄暗い理科室では非常に雰囲気が出る。雷の一瞬だが強い光が、雑多にものが置かれた理科室に複雑な影を作る。だから向ける視線は窓の外。黒雲でいつもよりもひどく暗い空。 「ふはははは~! 見たまえ酸素がオゾンに変わっていくぞ~~!」 「そいつは困ったな、酸素もオゾンも目に見えないんだけど」 「あれ? 知らないの~? 馬鹿だな~! 馬鹿だな~!! オゾンってどちらかというと青いんだよ~」 「じゃあ空が青い理由はオゾン層のせいなのか!」 「いや、そんなことは~ない。それは光の屈折~。だいたいそれだったら一日中ずっと空が青くないとおかしいじゃん」 言われれば確かにそう。別に青色は嫌いじゃないから一日中ずっと青空でも構わない。 「まあ集めでもしないと分かんないけどね~。でも臭いは独特だから、思う存分吸い込んで~浴びるといいよ。猛毒だけどね~! オゾン吸って死んでみてくれ、たぶん世界初だぞ~」 雷が鳴り響く中、なぜかマチのテンションは高め。俺はというと、今日はさっそと帰ろうと思っていたのに傘を持っていないが為に足止めを食らい、ちょっと不 機嫌。同じように、なぜかいつも以上に高揚している研究部員に、俺のようにとりあえず暇を潰しに来た研究部員。もちろん俺のように研究部に所属していない のに理科室に遊びに来ている奴もいる。 視線を隅に向けると、リモコンが虚ろな目をしているのでかなり怖い。マチはテンション高いし。薬屋さんはきっと危険なことはしていないのだろうが、場の空気が危ないことをしているように思わせてしまう。 「薬屋さんがこっちにいるのって珍しいですね。今日はあっちに行かないんですか?」 接続中のリモコンはどうにも反応が読めないので、薬屋さんに話しかけることにする。薬屋さんは、あちらこちらに置いてある薬品を小瓶に移したりしているが、それが何を意味するのか浅学な身のためわからない。だから危ないことでもしてるんじゃないかと思ってしまう。 「うむ、今日は珍しく保健医が仕事をしていてな。手伝える種のものではなかったから、こうして邪魔にならぬようにしているのだ。それとだ、マチに手伝いを頼まれてな」 そう言いながら薬屋さんは小瓶の中の液体を目の前で揺らす。マンガや冗談ではないのでピンクの煙が立ちのぼったり、爆発しそうな気配はない。だからこそ無色透明なそれが危険物なように見えてしまう。 「マチの手伝いっすか。どうせロクでもないことなんでしょうけれども、何だって薬屋さんが手伝ってるんですか?」 「うむ、交換条件というやつでな、あまり大きな声で仔細は話せないのだが、僕がマチの手伝いをすることで、マチも僕の手伝いをしてくれる、と。なかなかに好条件だったので引き受けたわけなのだよ」 「マチの手伝いも、薬屋さんの手伝いも、きっと俺じゃ務まんないんでしょうね」 「うむ」 薬屋さんは即答。そこはフォローが欲しかったけれども、薬屋さんにそんなものを頼むのが間違い。 「やってやれないことなど何もない、やれなかったのならばやらなかったのであり、もしくは失敗しただけだ」 何事かを受信したらしく、リモコンがひどくざらついた声で叫ぶ。その場の一同皆注目。それなのにリモコンは言いたいことを言いたいだけ言ったらしく、虚ろ な目に戻るだけだった。雷の日にそんなこと言われるとビビってしまう。まあ、いつだってリモコンは人をビビらせるんだけど。 「ま、確かにリモコンの言うことも一理あるかな~。手伝いをする気があるんなら、それこそ~あれやこれや~と酷使するよ~」 マチがそんなことを言いながら、白衣のポッケに手を突っ込んでやってくる。白衣二人組に挟まれる俺。別にオセロじゃないから俺が白衣を着たりすることはない。 窓からの稲光がマチには逆光、座っている薬屋さんには陰を落とす。いつも通りの嫌な気配。 マチはポッケから手を引き抜き、親指をはじくことでこちらの口の中に何かを放り込んだ。なんだよ、そのかっこいい技能は! 口の中に入ってきたそれをうっかり飲み込む。 「ほら~、できないことはないじゃん~」 マチはやってやった~って顔。冷静に薬屋さんが水を渡してくれる。 吐き出すことは、それこそやってやれなくはないのだろうが、薬屋さんから受け取った水を飲み干す。そのビーカーに入った水は雷の光を受けて青く光った。 |