保健室で 「ちはっす。薬屋さん、めっちゃ変な顔してますけど、どうしたんすか?」 「うむ、先ほどな一年の女学生が来たのだが、彼女は僕に相談があるといってきたのだ。その相談に応えたのだが、どうにも納得がいかなくてな」 「薬屋さんでも悩むことあるんですね。何だって割り切って生きてるもんだと思ってましたよ」 保健室には体調を崩した人のために電気ポットが備え付けられている。もちろん白湯しかないなんてことはなく、お茶も用意されている。 勝手に茶を入れて啜ってみれば、薬屋さんがこっちをものすごく見ている。何も言わず、勝手に湯呑を手に取り、勝手に急須に茶葉を入れ、勝手に湯を注ぎ、啜っている間ずっとだ。 「どうしたんすか? そんな熱い目で見つめられても、その気持ちには応えられませんよ」 「馬鹿はいつでも言って構わないが、寝言は寝て言いたまえ」 「ちょっ、それって俺がオールウェイズ馬鹿みたいじゃないですか!」 薬屋さんは俺が急須に残していた分のお茶を自分の湯呑にそそぐ。そして何も言わずに茶をすする。無言があらわすのは肯定だ。 急須の残りのお茶はわずかしか入っていなかった。薬屋さん一度湯呑にお湯を入れてから急須に移す。もちろんそれが最適なお茶の入れ方だし、気にする人なの で、薬屋さんの分は注意しようと思うけれども大体忘れる。だから今飲んでいるお茶はあまりよろしくない。顔に悩みが残ったままの理由だろう。 「君は僕がどんな相談を受けたのか気にならないのかい?」 「いや、そりゃ気になりますけれども。守秘義務ってもんがあるでしょうよ」 「それにかかわらない範囲でなら、日常会話として楽しむのもやぶさかではなかろう」 「そういうもんじゃないから俺から確認取ってるんすよね。それでも、薬屋さんは話したいわけなんすよね」 うむ……、と言いながら制服の上に羽織った白衣をはためかせて腕を組む。立っていても床を掃除するほどの長さがあるから、はためくことになってしまうのだが、小さいサイズを着たらどうですかという意見は聞いてもらえなかった。 「僕が受けた相談というのがだな、学生生活にはつきもの、恋の悩みだったわけだよ」 「えーと、ここって盛大にお茶をふきこぼして、床をのたうちながら笑うとこですよね」 「ここの床は他の、特に君の教室に比べて衛生的だとは思うが、僕の精神衛生に悪いのでやめてくれたまえ」 どこの教室だって汚いものだろう。むしろ昨日は盛大に酢酸をぶちまけたので他の教室よりもきれいなのかもしれない。 「彼女にはいろんなことに身が入らないと言われてな」 「はあ、だからと言って薬屋さんに相談するなんて、何考えてんでしょうねその子も」 「そこは僕だって自覚しているよ。話しは最後まで聞きたまえ、彼女は僕にこう相談したのだ。恋に効く薬はないかと」 「あるんすか?」 「ないことはない」 薬屋さんは自信たっぷりの笑み。どうしてもその笑顔に恐怖を感じるのは実験につきあったことがある経験から。嫌な予想を考えながら、興味があるので口を出さずに先を促してみる。 「まずは自分自身が相手のことをどうとも思わなくなる薬だな。副作用は物事すべてがどうでもよくなることだが」 「めちゃくちゃ危険じゃないですか! ベッタベタで予想通りでしたけど、何考えてんですか! 恋にも日常生活にも身が入らなくなっちゃいますよ!」 「次は意中の相手が自分のことを気にさせる薬だ。これは、まあ、条件が色々とあるが、効果は保証する」 「いったいどうやって保証させてみたんですか!」 「企業秘密だ」 生徒は企業に勤めていちゃいけないはず。だから、きっとどこかの企業の機密を略取したんだろうなーなんて考えてしまう。 「ただこちらも副作用があってな。必ず恋仲が崩れるというものだ」 「そうすか? 相手がこっちにフォーリンラブなら問題ないじゃないですか」 「自分に自信が持てなくなるのさ。相手が振り向いてくれたけれども、薬のおかげだということが頭を離れなくて、関係が維持できなくなるのさ」 「まあ、わからんでもないですね」 自分のことが好きになったわけではなくて、薬の作用だと考えてしまえば恋仲でいるのは難しいだろう。 考え事に気が向いた俺の気を引くように、薬屋さんは大きく手を打ち合わせた。一拍の拍手の音が保健室に響く。薬屋さんは俺の目が自分に向いたことで口の端をあげる。 「だから僕は理想の解決案を提示した。二人に薬を用いて、お互いがお互いに好きになればいいのさ! たとえそれが人為的なものかと疑わしくても、お互いに気持ちが抑えられなければ問題ではないだろう。……それなのに彼女は辞退して去ってしまったよ」 自分の出した解答を認められなかったのが悔しいのか、薬屋さんは俺が保健室に入ってきた時の顔になる。 「僕はどうしたらよかったんだろうね?」 回答を返すこともなく、薬屋さんの頭を撫でて俺は保健室を出て行った。 |