心臓の下



 むう、アルコールをインストールし過ぎたのか、体が言うことを聞いてくれない。コレがお酒は二十歳になってからという理由か! きっと二十歳になったからといってお酒に強くなったりしない事は知っている。
 今日は、いや、時計が見えないので正確なことはわからないが、もう昨日になってしまったかもしれない。どちらにせよ、言いたいことは変わらない。みんなで雨戸の下宿に押しかけて飲んでいたのだ。
 雨戸の下宿先の奴らはノリのいい奴らばっかりで、大いにはしゃいで盛り上がった。ちなみに紅茶も一緒の下宿先なので、男女差別なんかしちゃいけないヨ! とか言って無理やり引張ってきた。紅一点って奴だった。
 うん、大丈夫そうだ。相変わらず身を起こそうとしているが、体は反応してくれない。まあ、意識はあるので大丈夫ということにしよう。いやー、しかし、意識はあるけど体は動かないってのは、なんだか少しだけ面白いものだ。
 そうは言っても、部屋には誰もいなくなっているので面白いことなど無いんだがな。自分のこの感覚が面白い。きっとまだ体に残っているアルコールのせいだ。
 神経を澄まして気配を読んでみれば、騒ぐ声は遠くなっている。どうやら会場が移動したようだ。ゲームの奏でる電子音が聞こえるので混ざりたいが、どうも調子に乗りすぎたらしい。おとなしくもうちょっとのびとこう。
 と思ったらいきなり頭にドアが当たった。どうやらそんなデンジャラスな位置で倒れていたらしい。危うく、意識が飛んで本当にのびてしまうところだった。
 飛びかけた意識で判断すれば、どうやら部屋に入ってきたのは主の雨戸のようだった。
「んだよもう、吐くんなら吐くって大声で叫びながら誰にも迷惑かけないようにトイレで吐けよなぁ!」
「んあこおいわれたって、湧い上がる衝動ををさえきれなかっらんだもん」
「おかげで俺のTシャツが、吐瀉物という画材でもって前衛的なアートになっちまったわぁ」
 そんなことを言う雨戸はきっと笑っているのだろう。人の弱みをかぎつけると笑ってしまうくせは、早々に直してしまうことをお勧めする。聞くところによれば、どうやら紅茶が体の中に蓄えていたものを雨戸にぶちまけたらしい。
 そして二人から漂う熱気と湿度。どうやらリフレッシュをかねて風呂にでも入ったようだ。なんだってあの匂いは中々取れないのだろうか。風呂にも入りたくなるってもんだ。
 雨 戸は酷いことに、自由に動けない俺を足で部屋の隅へと押しやる。足が二本触れているので、きっと紅茶も一緒に押しているのだろう。二人の足はお風呂上りの もので暖かい。二人は俺に意識があるとは思っていないようで、今日の俺のおばかな行動を笑いあっている。後で口封じをせねばなるまい。
 風邪を引かないようになのか、湿ったバスタオルをかぶせられた。きっと雨戸は俺を見て笑っているのだろう。
「あー、あれだ正直に言わせてもらえば、紅茶さ、もうちょっと肉つけたほうがいいわぁ」
「どしたんあらたまって。ああしのこのボディに文句でもあんの」
「いや文句っていうよりか、あー、あんま言いたくないけど心配ってやつだぁ」
 雨戸は今、笑っているだろうか? 体がいうことを聞かないので、俺は部屋の隅でうつ伏せに倒れたままだ。何かがどうなろうと、俺には見ることは出来ない。
「あれだよな、鼓動の音って体に耳を押し当てないと聞こえないわぁ。でもさ、紅茶は見ただけで分かっちまうから心配になんだわぁ」
 二人はベッドに移動したようで音の聞こえる方向は変わっていた。ちなみに衣擦れの音は聞こえていないからそういうことなのだろう。
「こうやってさ、直に手を置くと心臓があるって良くわかるけどさぁ、紅茶のは、見ただけでそこにあると分かるっていうのは、何か心配になんだわぁ。お前さぁ、肉ついてないから鼓動の動きが分かっちまうんだよ。だからもうちっと肉つければ見えなくなるわぁ」
「ん。えもさ、……笑ってくれないんだね」
「だな。弱みっていうよりも、心配の種だからなぁ。風呂上りだからか、やたらと速く動いてるけど、それが生々しくって余計に不安に思うんだわぁ」
「でも、あたしは、笑って欲しいよ」
 俺が代わりに笑ってやっても良かったが、きっと誰も俺の顔は見ちゃいない。それに俺が笑ったからといって、雨戸が笑うのではないんだ。
 きっとこれは酒に酔ってまどろみの中で見た夢なのだろう。そう思うことにして本当に寝ることにした。
 暖かかったバスタオルはその熱を失っていく。