図書室で



 図書室なんてものは本好きでもないかぎり、時間をつぶす場でしかなく、
「で、とうぜん先輩は後者ですよね」
 なにが? といって新聞コーナーのソファーから身を起こすような人は問答無用で暇人だ。まあそんな人に声をかけている俺も十二分に暇人か。
「そもさん」
「せっぱッ!」
 特に難解なとんちを投げかけることもなく、デコピンでもぶちかます。
「~~ッ! 肉体言語に対する問答は、性別、肉体、年齢、体重とかで細かく分けられるべきだ!」
「すみませんね、なんか無性に暇なんですよね~ やらなければならないことは無数にあるのに、そんなことから全力で逃げ出して、でも今度は何もすることなくこうしてふらふらしてる。これってどうなんですかね」
「おおう、いきなりシリアスな話をふってくるね。おれっちとしては怠惰に睡眠でも貪るけど? そんなわけでおやすみ~」
「いまさらがんばって寝ても背は伸びませんよ」
 テーブルに乗っていた空っぽの牛乳パックが飛んできた。図書室は飲食禁止ですよ。
「おれっちがせくしーだいなまいつになったら、思う存分揉みしだかれてやるからさ、ここはおとなしく寝かせとけ」
「その提案は非常に魅力的ですけれど、俺としてはこの身を削ってまで作り出した時間で、先輩との甘い一時を過ごしたいと思うんですけど」
「いやゴメン寝るから」
 あれ~? ちょっとこっぱずかしいことまで言ったのにそんな薄い反応ですか。
「ちょ、先輩、遊びましょうよ~ とまでは言いませんけど、せめてもう少し構ってくれません?」
「いや、ちょ、勘弁。昨日は徹夜で民草から金銭巻き上げてたから疲れてんだってば~」
 ……もちろんゲームか何かの話ですよね? 路地裏に入ったらチンピラが山と積まれているなんていう状況には出くわしませんよね? できればバイトというオチが、先輩の勤労少女な姿が想像できないので推奨します。
  まあ、目つきがあまりにも悪いので、よほど眠たいのだろうということはわかる。再び横になった先輩に新聞紙をかけてあげればあったかいかもしれないが、傍 から見るとホームレス以外の何者にも見えないだろうからやめておく。上着を脱いでかけてやるなんて行為は恥ずかしすぎるので御勘弁。薄目でチラッと見ない でください。暖房はいっているから十分暖かいでしょうが!
 図書室なんだから受験を控えた最上級生たちがカリカリカリカリと忙しなく指を動かして もいる。そんな中、俺は先輩の横に腰を下ろしてぼけっとしている。別に多種多様に取り揃えられた新聞を読み比べてみることもない。ただただぼけっと、あっ たかい図書室で気持ちよさげに座っているだけである。先輩も受験生なのにこんなところで寝てていいのか? と心配はしても、自分のことについてはなぜか気 が回らない。まわらないのかまわしていないのか、どちらにしても現状はよろしくないってことはわかってる。
 まあ、どうにかなるだろう。楽天的に 物事を考えるのが常のことだ。つまらない状況に陥っても、どうにかしようと動くのではなく、どうにかなるだろうという考えを保持するだけでは、楽天的なま までいることは、痛みを感じないだけじゃないのかということは気づきかけている。痛みが大切だということは、ずっと昔に学んだはずなのに。
「先輩、こんな硬いソファーで、腰とか痛くないんですか?」
 ちょっと思考がブルーになると人に気を使うのは悪い癖だとわかってる。感謝されて救われたいのかね? それが根っこの解決になっちゃいないのに。
「…………」
 人が気を使ってるのにすごい目つきで睨まれた。そっとしておけってことか?
「なんか知らんけれど、寝たら? すっきりしゃっきり目を覚ましてから考えたらいいんじゃない。おれっちをめんどくさいことに巻き込もうとすんなよ~」
 ……あれ? 見透かされてる? でも、見透かすという行為は理解と紙一重。だからきっとうれしく思ったんだろう。そういうことにしておくのが平安だ。勘違いも読み違えも、やってる側は気付かされるまでいつもどおりでいられるんだから。
  体をゆっくりソファーに横たえる。足はソファーから投げ出す姿勢。ちょっと窮屈だけれども寝れないことはない。先輩と顔を向かい合わせてなんてのは恥ずか しくて無理だから、後頭部を向けて寝ることに。暖房から睡魔でも一緒に吐き出されているのか、眠気はすぐにやってきた。夢の向こう側に落ちる寸前、何を考 えていたのかなんて、次に目を覚ましたときには覚えていないはずだ。