三角砂糖



「おいーす。おまえら人の席でなにやってんの?」
 学校に着いて自分の席に向かってみれば、オンドリと雨戸が逆さに向けられた俺の机を挟んで立っている。どうせろくでもないことをやっているのはわかっているから、そのろくでもなさを説明してもらおう。
「いやさぁ、マジ学校来てる途中で嫌なことがあったからさぁ、むしゃくしゃしてやった誰でもよかったっていう青春十代な感想でいいかぁ」
「俺は面白そうだから手伝っただけっていう、確固とした自我がなく流されやすい青春十代な言い訳だべ」
 雨戸もオンドリも意図的に焦点をずらして虚ろな目をする。やられる側はわざとだとわかっていても気味が悪いのでよしてもらいたい。
「まあ、良くはないけど、昼飯おごらせるから、良いって事にしといてさ。なにやってんの?」
 俺の机が脚を天井に向けているのはわかるけれども、それだけってこともあるまい。もしかするとそれだけなのかもしれないのが怖いところだ。
「あー、とりあえずなぁ、宇宙人が攻めと来ないように、角砂糖でピラミッドを作ってバリヤーを張ったところだわぁ」
「やべえ、バリヤーって久しぶりに聞いた」
「氷砂糖の方がパワー強いんだけどなぁ、あんまり綺麗にピラミッド作れねえから妥協したわぁ」
「あれ? そんな風に意味あったん? 俺なんも知らんとおもしろそうだべ、くらいの思いだった」
「オンドリはもっと自分の周囲について何がどうなってるか考えるべきだって」
 視線を落とせば机の鉄板、その普段ならば見ることがそうそうない部分には角砂糖でピラミッドが作られていた。そもそも、どうして角砂糖なんて持っていたのか気になるところだ。このまま一日放置すれば、学校の壁の中に住んでいる蟻がまとわりつくことだろう。
 俺 の机の中身は空っぽだったのでさぞかしひっくり返しやすかったろう。今度からはイタズラされないように、宇宙人のトラクタービーム対策に漬物石でも仕込ん でおくか。もしくは教科書なんか持ってこないようにするのではなく、真面目に置き勉でもしとこうか。教科書を置きっぱなしにしているほうが不真面目に見え るかもしれないけれども、持ってこないよりはましだろう。
 空っぽのカバンを後ろのロッカーへと投げ込む。もちろんロッカーには授業に関係ないものばかりはいっていて、学校に遊びに来ているのがよくわかる。
「んでさ、嫌なことって何があったん?」
「え? 道路の脇にある排水溝の中歩いてたらさクワガタ見つけたんだけどさぁ、コクワじゃなくてスジだったわぁ」
「おま、どうでもいいな! っていうか今どき小学生でも排水溝の中は歩かないだろ!」
「しかもオスでさぁ~」
「オスもメスも、スジだと大差ねえだろ!」
「いや、でも雨戸の言うこと分からなくもないべ。出来ればメスがいいべ」
「いやいや、クワガタはやっぱオスだろ! オンドリは性別♀に関心を持ちすぎだ! ハサミちっちゃいのより大きい方がいいだろ!」
「バカヤロウ見た目ばっかりにこだわってんじゃねえべ! 見た目よりも機能重視だべ」
「クワガタに求める機能ってなんなんだよ!」
「そりゃやっぱ、生物の本懐たる増殖?」
「増やしったって目的が増殖なら終わりが見えねえよ! んで結局どうしたんだよ、まさか俺の机をこんなんにしといて、それだけってことはねーよな?」
「あ~、ケツをデコピンでひっぱたいて大自然に帰したわぁ」
「つまりそれだけかよ!」
 チャイムが鳴ってホームルームは始まったけれど、俺の机はまだ逆様になったまま。逆様って漢字で書くとなんだか偉そうに見えるが気のせい。ひっくり返った机はどちらかというと励ましたくなってくる。
 机の上に乗った角砂糖を蹴飛ばして、ひっくり返った机をひっくり返して元に戻してみれば、中からスジクワが出てきた。もう日が昇ってだいぶ経つけれども結構元気。
 嘘をついていた雨戸の後ろ頭に投げつけてやれば、雨戸もそのまま窓の外に放り投げた。これでようやく大自然の中に帰ることができたろう。パッと見ただけだったので本当にオスだったのか、よくわからなかった。
 さてさて。
 俺の今日のお昼ごはんは弁当を持参。だから購買で牛乳とオールドプレーンのドーナツのおまけがついた。自然の中に帰してやったけれども、鶴とは違うのだからスジクワ本人からの恩返しなんかは期待していない。クワガタにできる恩返しが想像つかないってのも理由の一つ。