荒んで風



 だっは~、くそさみいな~。
 こんなに寒いと南国に行きたくなるけれども住み着く気はなくて、そんな現実逃避から帰ってくれば、冬という季節ここらでは風が冷たく、もう嫌っていうほど吹きすさぶのも許容しないといけないんだが、あ~もう、風が痛い。
 風のせいで目が乾くし、それだけでも困るのに風に巻かれて埃が目に飛んでくると今度は一転涙目。劣悪な環境だなコンチクショウ。風の勢いが強すぎて潤んだ目そのままにダメージ。
「だ~すげえ。今日はことさらに風強すぎだろ。やべえってカーブミラーめちゃめちゃ揺れてるし」
「そしておれっちの髪も揺れまくりなんだぜい。マジ勘弁してほしい。」
 道からにょっきり生えているカーブミラーは、オレンジのポールと一緒に体をゆすっている。退色したオレンジに混じって浮いた錆を見ると、強風でミラーの部分がこっちに飛んでこないかと心配になってしまう。
「うわッ! なにナニ何だろナンだろう!? なんか目に入った~」
「十字架もそうだが、目なんて開くからそんな目にあうんだ。嫌なことがあったら目を閉ざしてしまえばいい。嫌なことがなくても目を閉ざしていれば大抵のことは過ぎ去ってしまう」
「いやいや幽霊、お前は何で目を閉じたまま歩けるのか気になるんだが」
「そういうお前は酷く悪人面だな」
「しょうがねえだろ? 風が強いんだからしかめっ面にもなるって」
「いや、おれっちとしては、どうして目をつぶっているのに顔の様子がわかるんだってつっこんで欲しいんだけど?」
 俺と幽霊は顔を見合せて、幽霊は目を閉じているので目は合わせられないが声を合わせて、
「「長い付き合いですから」」
「でもさーこんな猛烈に強烈に激烈に風が強い日は学校さぼりたいよね~」
「十字架の意見には風の勢いと同じ勢いで同意だな。まあ、世のまじめな学生は早く校舎の中に入りたいって言うと思うんだが」
「まじめ? このなかのだれが?」
 誰も答えず険しい顔でみんな歩を進めるだけ。
「しかし、そうは言ってもこんな日にさぼっても屋内以外に行けそうなところはないんじゃね。季節がらハイキングってのも散歩も、凍えたがりのマゾがやることだろ」
「町中の喫茶店に入って、こんな風が強い日だってのに無為無策無謀にもスカート穿いているお姉ちゃんを眺めてにやにやするってのはどう?」
「なんで十字架の発想がおやじなんだ」
「つまり青臭く学生らしく若者風にアレンジすると校舎の渡り廊下を休み時間になるたび、ドキドキワクワクソワソワうろつくみたいな?」
「たしかに年は若くなったが思考はおやじ思考のままだし、それって結局学校に行ってるからサボりじゃねえよ」
「おれっちとしては渡り廊下を歩いている男子は、誰だって女子に期待していると思うんだぜ。まあ女子も期待はしてるけど」
「「たしかに」」
 幽霊と答えがはもる。
「……やっぱりみんなそんな破廉恥で不潔で邪なこと考えてるんだ。期待されたからってサービスしてやるほどあたしは安易で安くてチープな女じゃないんだからね!」
 十字架と先輩はササッとスカートが翻らないように裾を抑える。しかし先輩は下にジャージを穿いているし、十字架も長いスパッツがスカートから見えているので大した期待はしていない。
「いやいや、そんなマニアックで少数派でマイノリティな思考をもった御仁も世の中にはいるのですよ!」
「勝手に心のなかを覗くんじゃない。それに自分のことをマニアックとかいうもんじゃないだろ」
「ほうほう、つ、つまりおれっちには、その、なんというか、き、期待を寄せているわけなんだ」
 わざとらしく顔を赤らめてどもりながら返答を返さないでほしいものです。まあ、顔が赤い理由はこの寒さが原因だろうな。
「そうか俺には期待されていないのか」
 ちょっと待て。幽霊に関しては期待というか、そもそもが想像の範囲外だ。
「おいおい、風の強い日に男子生徒に対して何を期待すればいいんだよ」
「ふむ、少し後ろ髪の長い男子生徒がいるとするだろう、強風でちらりと見えるうなじとかだな」
「「あー、わからんでもないなー」」
 ……そうかわからんでもないのか。どうも俺には女性陣の言うところの良さが分からないんだがな。いや、わかってしまうのも問題なのかもしれない。野郎にときめいてたまるかってんだ。
 そんないつも通りの会話を続けていれば、いつもどおりに学校に着いてしまった。玄関に入り靴を履き替えて、ほっと一息つくと先輩が髪を手櫛で梳いていた。