演奏者が



「ピアノ弾く人はピアニストでしょ? んでバイオリンだとバイオリニスト。じゃあチェロ弾く人ってチェロリスト?」
 確かに語呂はいいが、特技は音楽と破壊工作です、なんて言いそうな呼び名はイヤすぎる。
 さっきまで音楽室ならではの重くてでかいヘッドホンを付けて、リズミカルに身を揺らしていた裏方は、弦楽四重奏なんてものを聞いていたから問いかけたのだろう。
「ううん、そんな危険思想もってそうな名前じゃあなくってチェリストって言うよ」
 サックスを口から離して、なんとな~く情けない顔に戻りながらミューズは答える。音楽をやっている時の顔は、こうなんというか、え~、まあ、とてもいいのだが、どうしてこうも演ってない普通の時は面構えが情けなくなるかな~。
「ふ~ん。あれ? じゃあ、え~と第一と第二なヴァイオリンとチェロと、……あと一人何だっけ?」
「「コントラバス」」
 答えはミューズと同時だった。ミューズの方を見るとあいつもこっちを見ていて、やっぱり情けない顔ではにかんだ。ん~、そんなに音楽には詳しくない俺が一緒に答えたりするとちょっと恥ずかしく思うんだが、なんでだろう?
「うっし、裏方。バイオリンはバイオリニスト。チェロはチェリスト。じゃあコントラバスは?」
 少し意地悪してやる。当然知らないようで裏方は考えている。ミューズに視線を送り、答えを教えないようにアイコンタクト。
「あ゛~……こんとらばしすと?」
 俺爆笑。ミューズも小さくだが確かに笑ってる。こういうときはいっそ清々しいくらいに笑ってやるもんだと思う。まあやられたら嫌なんだけど。
「何だよ~、知んないんだから間違えたって当然だろ~」
 そう裏方は言いながら、俺たちが笑っているのが恥ずかしくて顔を赤くしている。
「いやいや。それ、正解。あー、笑った笑った。それではミューズ先生、解説をお願いします」
「楽器の名前とそのあとに付く語尾変化はおんなじだから間違っちゃあいないんだよ。ただちょっと耳慣れないだけでね。コントラバスの別名はツインベース、ウッドベースっていうくらいだからコントラベーシストっていう人もいるけどね」
 へー! とミューズの説明に裏方と一緒に感心する。今までツインベースとかウッドベースってそれだけの独立した楽器かと思っていた。
「でもなんで二人して笑ってたの? 正解だったのに」
 それは勿論、裏方が自信なさげに言ったのが面白かったのだ。ひょっとするとミューズはそんなやり取り自体が面白くて笑ったのかもしれない。そんなことを言うと裏方が怒りだしそうなので、ミューズに話を振ってごまかすことにした。
「んじゃあさ、サックスは何て言うん? さっくしすと?」
「いや、サックスはサックスフォンだからサックスフォオニストっていうんだ。まあこれもそんなに耳に馴染みはないけれどもね」
 う~ん、やっぱりミューズは音楽のことになると生き生きとした目になるな。
「では裏方には続いて問題。よくあるバンドのメンバー、歌を歌えばヴォーカル、まあシンガーでもいいけど。んでギターはギタリスト、ベースはベーシスト。じゃあドラムは?」
「そんなの簡単じゃん。だって楽器の名前の後にくっつく語尾変化は一緒なワケでしょ。そしたらドラムはドラミストじゃあないの?」
 俺またもや爆笑。ミューズはさすがに今度はつられなかった。
「裏方、よく考えろよ。今までドラムのことをドラミストって言ってたかよ? 答えはドラマーだろ」
 爆笑の余韻で笑いを張り付けたまま答えを教えてやる。どうやらさっき問題にしたコントラバスがいいように効いたらしい。
 裏方はドラマーとドラミストを口の中で繰り返して、ドラミストなんて聞いたことがないのをしっかりと再認識したようだ。はめられたのがわかったからか、顔を赤くして腕を振り回し殴りかかってきた。まあそこは身長差があるので軽くあしらってやる。
「みゅーずー、なんでなんでなんで~。さっきまで楽器の後につく語尾変化は一定だって言ってたじゃん!」
 俺と違ってあのミューズですら言っていたことなのでだいぶ不満のようだ。
「えっとね、ドラムっていうのは楽器のイメージが強いけれども、えっとさ動詞なんだよ。楽器は名詞、でもドラムは叩く、だから叩く人でドラマーなんだよ。一応ほかの楽器でも、たとえばホルニストとも言うけどホルンプレーヤーとも言うよ」
 ミューズによる解説。まさか名詞ではなくて動詞とは思わなかったろう。なんせ俺も知らなかった。裏方はドラムだけ例外なのが気に食わないのか、いじわる問題を出されて遊ばれたことが気に食わないのか、敵わない俺ではなく八つ当たりの対象としてミューズに突進していった。
 押し倒されたミューズの情けない顔を見ながら、いつも通りだな~っと窓の外に視線を向けた。