ぶたじる



 最初は煙ばかりを上げていて少し心配したのだが、今では全体に火が回り、盛大に炎を噴き出している。熱気も凄いのだろう、近くで正月飾りを火にくべていた人は投げ込んでいる始末だ。
 俺が座っている場所は風上。つまり反対側は風下で、あー、煙や灰が流れてきて大変だろうな。土台として組まれたものや、角松の残骸として中に入れられたもの、無数の竹が熱せられては爆ぜる音が周囲の期待につられるように響く。
 ど んど焼きだとか左義長だとか、どういったことをするのかはわかっているのだが、地元のそれに関して正式名称は知らない。しかし名前なんてどうでもいいこと で、俺の家の注連縄飾りはもう燃えただろうかなんて、これまたどうでもいいことを考えながら、ぼんやりと火を眺めている。ダイオキシンの心配だなんて物は 今更すぎる。しかし問題にしないわけにもいかない。今のご時世こんなことをやっているところは少ないのだろう。ビニールの焦げたにおいが時々混じる。しか しそれはこの時期にはいつも嗅いできたにおい。
 火事で野次馬が多いのは火に見とれるからだと聞いたが、確かに十数メートルの高さまで土台を組まれ 火を噴きあげる様は興味深く、見ていて飽きがこない。火の揺らぎは一瞬前とは全くの別物。台風はぎりぎりオッケーだとしても雷とか地震って野次馬が発生し ようがないんじゃあないかとは思っている。
 うわっちちっ~と薄いトレーが遮れ切れない熱さに我慢しながら、おばちゃんたちが作った豚汁のお代わり を手に先輩が戻ってきた。新年の馬鹿騒ぎも終わって、寒いっていうのに学校も始まっているが、何となく正月の緩やかな空気の中にいるような気になった。 きっと豚汁の中身にお餅が入っているのが原因の一つだろう。
 近隣のちびっこ集団、その中心に独鈷が混ざってはしゃいでいる。やぐらを組んだ竹の余 りや園芸の支柱に使う緑の棒を振り回しているところを見るにチャンバラらしい。独鈷は春から高校生だというのに、なんというかまあ、見事に溶け込んでい る。自分も昔はあの中の一人だったのに、今は一緒になってはしゃぐこともなく、おばちゃんたちの手伝いをすることもなく、こうして火を眺めるだけなんてい う隠居じみたことをしている。ベンチというにはいささか野性味が強すぎる木材には、おじいちゃんやおばあちゃんが俺と同じことをしている。
 俺が座っているゲートボールのフィールドを仕切る木材まで、火の熱は届かなくて少し寒い。しかし豚汁はまだ食べるには熱すぎる。妥協案として先輩との間にあるおにぎりのたくあんをかじる。残るおにぎりは先輩の分なので手をつけるわけにはいかない。
「にしても俺ら何してるんでしょうね」
「効率の良くない特定廃棄物の一斉焼却見学? んーボケにしては長過ぎんね。できればムードなんて全然ないのでデートって意見は完全抹消したいところなんだぜ。まあ、だからどうしたって問題でもあるんじゃあないのかな」
 先輩は熱い豚汁を少しすすっては熱そうにし、またすぐに口をつけて熱がるというのを繰り返している。ちょっとくらい待てばいいような気もするが、熱いうちが一番なのかもしれない。塩の付き方がまちまちなおにぎりを口に運ぶが、とっくに冷めてしまっている。
 もちろん先輩に叩かれた後で文句を言われた。
「先輩! 一緒に混ざってよ! んなとこでボケっとしてねえでさ。うちらヤベえんだからさ、先輩が入れば圧勝だよ!」
「嫌だよ、独鈷と違って、おれっち今日制服だもん」
 そう言って先輩は下に垂れているスカートという布を足に巻きつける。寒いのでやっぱりジャージは穿いている。灰がついたら嫌ということでコートは身につけてはいない。
 先輩は寒がりなのに火に近づくこともなければ、倉庫に入って風をよけることもしない。
 自惚れていいと思ったら間違いだ。
 独鈷の後ろではちびっこが嫌そうな顔をしている。そりゃあそうだ。先輩が入ってしまうとゲームバランスが崩壊するからな。口をつけた豚汁は飲めないことはない温度で、まだ温かいうちに一気に食す。半端に残していると、すぐに冷たくなってしまうので要注意だ。
 食べ終わったトレーを先輩のすでに空になったトレーに重ねる。風に飛ばされてしまわないようにゴミ箱に捨てて、背筋を伸ばす。さっきまで座っていたので関節が気持ちのいい音を出す。
 軽く靴のつま先を地面に打ち付けて、ちびっこの中に突撃していった。もちろん優勢な側、独鈷の敵として。
 独鈷をいじめていると寒がりのくせに制服を脱いだ先輩が独鈷の味方として乱入。結果は勿論先輩の圧勝。独鈷もなぜか先輩に打ち据えられた。それでもみんなで笑っていた。火はまだ燃えていて、竹の爆ぜる音が時々聞こえる。