辛くても



 普 段は特に好んで食べているようには見えないので、好物というわけではないのだろうが、そうなると好きでもないのにこんなに辛いものを口に運び続ける理由は 考えつかない。幽霊はいつもとあまり変わらない表情で、俺の部屋の床に広げられた激辛スナック菓子を結構いいペースで摂取している。
 俺の家に幽霊と先輩が遊びに来ているのだが、買い出しに先輩なんかを行かせるのがまずかった。不味かった。
 散 らかった部屋を片付ける間になんか買ってこいと命じてみればこんな始末結末。片付けなければ困ることになったのだが、まさか片付けても困ることになろうと は。先輩がふざけてコンビニで激辛お菓子ばかりを買ってきたのだが、当の本人はとっくにギブアップしてジュースにばかり口をつけている。飲み物まで激辛尽 くしだったなら何も手をつけなかっただろう。
 動機の一つが辛い物は健康にいい、つまりダイエットに効果があるという考えだったのに、こうして甘いものばかり摂取するからまた体重計に乗って喚くことになるのだ。
「おお、幽霊すごいね。なんだってそんな辛いもの食べれるわけ? おれっち無理。ギブです」
「ギブですか、もっと欲しいんならどんどんもってっちゃっていいですよ。事を引き起こした張本人様は、早々にギブアップしないで、ちったあ事態を解決に導く努力をして欲しいもんですけどね。単刀直入に翻訳すると、食え」
「そんな君にはとある友人の名言を与えよう。辛いものを摂取しすぎた後のご不浄での一言。いわく、尻が、からい」
 それを聞いて一瞬指が止まる俺。幽霊は構わずもっしもっしと激辛スナックをほおばっていく。
 開けてしまったのだから、湿気ってしまうのももったいないという、もったいない根性が原動力となって手を進めているのだが、そんな後遺症が残るのなら話は変わってくる。
 そんな食事中に聞かされたくない話を聞いても、目の前に広げられた赤い物体を平らげられる幽霊はすごいと思う。それとも本当は好きなのだろうか?
「先輩もさ、もうちょっと頑張りましょうよ。ほら、これとか、めちゃんこ辛く味付けされた芋虫だとでも思って食べるの手伝ってくださいよ。そもそも、なんで袋全部開けちゃうんですかね、まったく」
「いやいやいや、味付けが辛いんなら結局心の問題と味覚の問題は一切解決されない上に、なんだって芋虫だ! 食欲失くすじゃん!」
「いやあ、貴重なタンパク源だから少しは摂取してくれるかと」
「おれっちは一体どこの民族だ!」
「んじゃ、辛く味付けされたスナック菓子」
「それは事実を述べているだけじゃん!」
「そうです、これが事実です。そしてまだまだたくさんあるから一緒に食べましょうよ」
 そんな事を言って、先輩に細長い形状の辛いものを無理やり口に押し込もうとしていると、幽霊がまた一つ袋を空にした。
  いくらこの手のお菓子が小さい袋だといっても、ひたすら同じ味付けの辛いものばかり食べてくると飽きてくる。幽霊は俺や先輩のようにいろんな種類をとっか えひっかえ、味覚をだましなだめながら食べることもなく、まるでそういう決まり事でもあるかのように順に平らげていく。
 先輩は一通り味見を済ませているので、満足しているのがなんか腹立つ。一通りの味見、なんといってもそれがもったいない精神を発揮し、駄目になってしまう前に食べるという義務感を発生させたのだから。
「んでも何だって辛い食べ物見つけた人は、よしこれ食おうって気になったんでしょうね? だって辛いんですよ? 良薬口に苦し、だなんて言いますけど、……辛いんですよ!」
「そんなこと言ってるけど、どうせ味の薄い刺激の無い料理ばっかり食べてたら、そん時はそん時で、スパイス持って来い! って言うんでしょ?」
 んぐ、確かに。
「甘いも塩辛いも、酸いも苦いも味覚なんてものは全部、言ってしまえば刺激というわけだ。ただこれらはその刺激が強いだけ。刺激が強すぎるものは受け入れがたいし、刺激がないのでは飽きてしまう」
 そんな割り切った風に咀嚼の合間に幽霊がコメントをくれるけれども、そんな刺激まみれなら、幽霊が一番平穏を欲しがってるんじゃないかと、先輩からまたジュースを奪いながら思うわけです。
 そうこうしながら、食べて、駄弁って、先輩がうとうとしたりしていると、幽霊の努力のおかげで赤い色のお菓子は全部無くなった。
 結局何しに来たのかと考えれば、ただなんとなくなのだろう。目的なんてなかったのだから、危険物が無くなったので解散という流れになる。そして先輩が幽霊に聞こえないように一言。
「いまさら思ったんだけどさ、湿気んないように縛ったり、乾燥剤かなんか一緒に入れたりして保存すればいいだけだったんじゃね?」
 全く持って異論は無いが、うなずくのも間抜けなので黙っていることにした。明日の朝、幽霊とであったときに、尻が辛いと聞けるかどうか期待することにしよう。