坊主から



  まっすぐ帰る気が起きなくて、遠回りしながら帰ることにした。普段は通らない川沿いの道に進んで、少し強めの風が吹く土手の上をぷらぷら歩く。河川敷では ランニングやストレッチと部活やスポーツにいそしんでいる人がいるし、土手には犬の散歩をしている子どもやジョギングをしているおっちゃん。そんないろん な人にまじって、懐かしい奴が向こうに見えた。
「あれ? 珍しいっすね。ここ通って帰ってましたっけ」
「まあ、気分で道ぐらい変えるって。つまり今日はそんな気分。にしても独鈷、久しぶりじゃん。卒業してからだと、えー夏休みに会って……学祭の間は忙しくて会えた記憶がないか、記憶が飛んでいるかだから、久しぶりな気がする。うん。どうよ元気?」
「いやあ、こんな時期なのに、勉強しろ勉強しろってうるさく言われなくて調子悪いですよ」
  独鈷は苦笑い。得意はお経ですという自己紹介が懐かしい。お寺のご両親は進学については無頓着。独鈷はもしも受験に失敗し、どこの学校にも進学できないよ うになったなら、その日のうちから修行という名のマインドコントロールの旅に連れて行かれるんじゃあないかと、俺には分からない心配をしている。
「いやあー、応みんなとおんなじ学校を志望しているんですけど、いくら地元でそんなに頭がなくても大丈夫って言っても、……落ちたあとを考えるとやっぱり心配ですよ」
  さらに聞いた話では公立校、一般的な私立校に落ちてからでも入れる、仏教系の学校案内が家にあるのだそうだ。受験に失敗した自分のその後が容易に想像でき るので全力で回避行動中らしい。勉強の成果が自分の将来の道を左右しているのだとわかりやすいのは、俺の周りでは独鈷くらいのものだ。そんなわけで独鈷の 成績は非常によろしく、うちの学校に来るのは余裕のことだろう。
「まあ受験なんて何があるかワカランからな~。入学試験がきっかけでお付き合いが始まった奴もいるくらいだし……。想像できるか? 試験官との面接の前に受験生を落としてる奴がいるだなんて。もちろん入試は落としてないけど」
「同業者じゃあなければ落とされたいっすよ。もちろん試験に落ちるのは勘弁ですけど。あー、どっかに囲ってくれるエロくて綺麗な無宗教のお姉さんはいないもんですかね。拙僧、掃除は得意ゆえ、良い主夫になると思うんですけどね」
「校舎の廊下、端から端まで雑巾がけレースの最速タイム記録保持者は言うことが違うねー」
「いやー、あ、でもなんか今年の一年にすげえでかい奴が入ってきて、そいつが拙僧の記録抜くんじゃないかって心配っすね」
「マジで? 確かにお前って小柄で速かったけれど、やっぱ体格差がモノを言うか」
 小柄な独鈷と一緒に歩く俺のペースは、ほんの少しではあるが遅めだ。一緒に話しながら帰るんだから、もともと歩調は遅めなのでこれが体格の差かどうかはわからない。
「んで、ここ最近の学校はどんなカンジなんだよ? いまさら中学からやり直すなんてことはないけど、自分が昔いたところだから興味が尽きない」
「そっすね、隣の中学の襲撃で三階建の校舎の二階から上、全体の七割が崩壊してますね」
「んなわけねえだろ! 俺らの学校はどこの紛争地帯に立ってんだよ! それに中学生の襲撃で校舎崩壊って、どこの軍人かマンガの主人公だよ!」
「すいませんすいません、軽い冗談ですって。襲撃したのがうちの学校で、崩壊したのが隣の中学でした。おかげで今のうちの中学の勢力は、隣の中学の生徒を飲み込んで倍に膨れ上がりましたよ。ふははは、天下を取るのも近えぜ! ってカンジです」
「そうか、確かにうちの中学は人間離れした奴が多い気がしたが、まさか軍人が混ざっていて、さらにはマンガの中の世界だったのか!」
「ちなみに抗争の発端は、『人生に疲れた。相手は誰でもよかった。』だそうです」
「そこは仏教的無常観を巧みに駆使してどうにかしてやれなかったのか?」
「拙僧はまだまだ未熟者ゆえ。っていうか仏門目指してるわけじゃないんですけどね。……そんな風にネタにされるのって結構プレッシャーなんすよ?」
「だからって気ぃ使われるほうが嫌なくせに」
「ま、そうなんすけどね」
 そのあとは冗談じゃない中学校の話に世間話にと会話を交わした。華はないけれども、懐かしさと楽しさがあったので、華なんてよくわかんないものよりかは満たされた。
 話が進めば道も進む。川幅が狭くなり、独鈷とは車がほとんど通らないし、欄干なんてものがない小さな橋で別れた。そこからは一人ぼっちで帰宅。独鈷も最短経路である通学路じゃあない、遠回りの道を歩いていたんだなと思い至ったのは布団に入って寝る直前だった。