夜の学校



「いったい何なんですか先輩? 今日の放課後、誰もいなくなった頃を見計らって教室に来いだなんて。甘い思い出が共有できるのかと期待しちゃいますよ?」
「御期待に応えられるか否かは、誠意と愛情が鍵かな。持ち合わせてないってんなら今からでも鉄臭い思い出にしてあげるけど? っていうか一発殴らせろ」
 そういう趣味はないので丁重にお断りさせていただいた。必死にお断りさせて頂いた。マチの凶暴が伝染っちゃあかなわない。
  それにしても先輩は、今年は最上級生であるとともに受験生でもある。当然、放課後も特課が組まれており、みんながいなくなる時間といえば…… 時計に目を 向けると溜息が出てくる。周囲は真っ暗で、この教室以外に電気が点いているところなんて職員室ぐらいだ。廊下の電気も消えていてマジ怖え。よくもまあ、こ んなに遅くまで待っていたものだと自分を褒めてやりたくなる。
「それにしても教室で寝てるってどういうことなのさ! おれっちはおれっちの教室に来てっていったのに!」
 ……褒める言葉も、返す言葉もありません。こんなに遅くなった理由はまさにそれなのだから。
 寝ぼけた頭で聞かされたところによると、先輩はしばらく一人で待って居たそうなのだ。その間、俺ときたら夢の中。不安になったので探しにきたという先輩に叩き起こされたのが回想シーン。
 クラスメイトはみんな帰ってしまい一人ぼっちで、あの先輩がしばらくの間とはいえ、健気に待ち続けるなんて! まあそんだけ重要な話なんだろうけど。
夜の校舎なんて薄気味悪いから、ちょっとした物音にもビクッてしたりして、……いかん想像するとかなり可愛い。まあ想像の中だけで、先輩に限ってそんなことはないだろうけど。……今度はわざと遅れて、様子を見るのも楽しそうだ。
  俺が教室でぐーすか寝てたことに、呆れ半分怒り半分の先輩がぐいぐいと手を引いて、こうして約束どおり一階の端っこ、三年生の教室に集合となったのだ。こ の教室はいたって普通の教室であるから特殊なこともなく、よく考えるとなぜ俺は連れてこられたのだろうか? 別に用事があるなら俺の教室でも良かったん じゃないのか? それとも何か仕掛けでもあるのだろうか?
「で、先輩来いって言ってましたけど用件はいったいなんなんですかね?」
「…………」
  あれ? 先輩? 用件ってそんなにスパッと切り出しにくいような話なんですかね? 次々と頭の中に浮かぶルート分岐。頬を染めるような恥ずかしい内容で切 り出しにくいっていうのが一番の理想で、あまりにもひどい怒りでどう言葉に代えればいいのか分からないっていうのはご勘弁。
「……あの先輩? そんなだんまりされても俺は精神感応者(テレパシスト)じゃないので何を考えているのかわからないんですけど?」
 何か言い出そうとしているのか、口が開いては閉じ、閉じては開きを繰り返す先輩。困ったことがあるけれど、俺に切り出しにくいといったところだろうか?
「先輩~ 早く言わないと抱きしめますよ~?」
「な、なんだよその公開陵辱は!」
「いや公開って、ここには今俺と先輩の二人っきりじゃないですか」
「夜の校舎で二人っきり、そんな状況下で熱い抱擁(ハグ)!?」
「いや、先輩の魅力に当てられて抑えがきかずにって事で処理してください」
「とかなんとか言いつつネクタイを緩めるなー!!」
 叫びとともに繰り出される手刀。ちょっ、俺、鎖骨は弱点ですから! マジ勘弁! 同じ弱点ならキスなんかがいいです! すごい喜びますから!
「まあ冗談はそのくらいで、いったい本題はなんなんですか?」
「冗談!? あたしの乙女心を返してよ!」
 はいはい、聞く耳持ちません~ 先輩が乙女ならこの国の女性男性、全てが乙女だ。
「……えとさ、怒んない?」
「あれ? 俺が激怒して叱りつけそうな内容を言うために呼んだんですか? わざわざ? 怒って欲しけりゃ二十四時間、いつでもどこでも駆けつけますよ?」
「……そんなプロポーズみたい」
 照れながら好意的なトコだけ抜粋しないでください。
「いや~、呼んだときはそうじゃなかったと思うんだけど……」
 なぜか先輩の歯切れが悪い。いったい全体どうしたのだろう? 今日のお弁当のエビフライは尻尾まで食われたので呪いでもかけているのだろうか?
「……なんかへんなこと考えてるでしょう」
 ジト目で見上げてくる先輩。とりあえず首をゆるゆる振って否定の意を示してみる。
「まあいいけど、……えとね、非常に言い出しにくいんだけど」
 先輩が顔を赤くしてもじもじしてる。ちょっ、デジカメ持ってくればよかった。
「……………………忘れた」
「……は?」
「だ・か・ら、何を言うつもりだったか忘れた!」
 ゆっくりと首を教室の前にかけられている時計に向ける。時刻は……
「帰りましょうか」
「……はい」
 時間も時間だったので先輩を送っていくことになった。帰り道、家に着くまで喚きあった俺らは大層近所迷惑だったろうな。